前編

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「岸野、帰ろう。今夜はうちに泊まるんだろ」 宮嶋が席から動かない彼を優しく諭す。 「川瀬さん、困ってるじゃん。いいのか? 大好きな川瀬さんに嫌われたくないよな」 秋津も言葉を続ける。 「岸野が帰らないと、店が閉められない。 迷惑かけたらダメだよ」 「川瀬さんに嫌われたくない‥‥でも、」 泣きそうな顔になった彼が、 再び俺に眼差しを向けてくる。 「川瀬さん‥‥僕のこと、避けてましたよね」 「いえ?そんなことは」 図星だったがそう言わざるを得なかった。 「だって、全然こっちに来てくれないし! ずっと見てたのに!寂しかったです!!」 「それは」 だって、規定があるし。 困り果てた時、 秋津が言葉を差し込んできた。 「川瀬さんがお仕事で忙しかったのは わかってるよな?宮嶋にも迷惑かけてさ。 お前にばかり構っていられないんだよ」 「岸野、お前は何がしたいんだ。今夜は 俺たちがいたから声をかけられなかった けど、いつもは好みのタイプをお持ち帰り できるからイライラしてるのか」 「違う」 彼が大きく首を振る。 「僕、川瀬さんがいい。他の人はいらない。 連絡先も全部消すし、二度とマッチングは 利用しない。だから川瀬さん」 そこで言葉を切り、彼が唇を噛み締めた。 「僕と‥‥付き合ってください」
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