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そんな甘ったるい妄想は現実のものとなることはなく、それどころか、次の日の私を待っていた彼氏の言葉は「生葉、松隆と仲良すぎるんじゃない」なんて冷ややかなものだった。
「……え?」
土曜日の昼下がり、家の近くのコーヒーチェーン店で待ち合わせをしたら、開口一番、そんなことを言われ、まるで別れ話のような空気が流れた。
「そう……かな。仲は良いほうだけど、まあ、普通の後輩というか」
「普通の後輩とそんなじゃれる?」
妙に具体的な指摘に首を傾げると「昨日の夜、松隆と飯食うって言ってたじゃん」と。確かに、私は松隆と飲みに行く前に紘に連絡していた。それは、私自身が紘にそれを求める以上、自分がしないのは許されないダブルスタンダードだと思っているから。
「ああ、うん……いつもの『ひとひら』で」
「その帰り、松隆とじゃれてなかった?」
「じゃれて……」思い返せば、悪ふざけで松隆の頭を撫でようと手を伸ばし、松隆に鬱陶しそうに拒まれた記憶はあって「まあ、ちょっとした冗談というか。ほら、頭に手を伸ばして、いい子だねーってするくらいの。してないんだけど」紘が更に機嫌を悪くしたのに気付いて、慌てて付け加えた。
「松隆、家まで行ってなかった?」
「来たというか、夜だから送ってくれただけ。玄関先までだよ、あがってない」
「そこまでする必要、ある?」
確かに、大学周辺の治安は全然悪くなくて、他の男はわざわざ私を家まで送ったりはしない。でもそれは、松隆のただの紳士的な一面に過ぎない。
「まあ、別に、断ってはいるけど、それは松隆が気を遣って……」
「気遣いか、どうだかな」紘はコーヒーを啜り「無防備すぎるだろ。何かされたらどうするんだ」
「……松隆はそんなことしないよ。いい後輩だし」
「いや、後輩でも男じゃん」
お通夜のような空気の中で、少しだけ馬鹿にしたように笑いながら、紘は吐き捨てた。その態度にカチンときてしまったのは、なぜだろう。きっと、自分は茉莉と好き勝手に飲みに行くくせに松隆との関係を咎める、そんなダブルスタンダードに苛立ったからだ。
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