3.立場

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「お疲れ」 「ありがと。紘、今日はバイト入ってないの?」 「中旬以降が忘年会の3次会でめちゃくちゃ忙しいから、いまは嵐の前の静けさって感じ。生葉は?」 「こっちは冬期講習で12月いっぱいはガッツリ入る予定」 「……クリスマスは?」 「バイト入れちゃった。人足りないみたいだから」  本当は入らずに済ませることもできなくはなかったけれど、人が足りないらしいのは事実だし、そこまでして紘とクリスマスを過ごす意味は見いだせなかった。 「紘もクリスマスバイトでしょ?」 「まあ、ずらせんことはないけど、生葉がバイトならバイトするか」  あーあ、とでも聞こえてきそうな声音だったけれど、ごめんの一言が言えなかった。 「晩飯は?」 「バイト前に軽く食べた。まさか紘、待ってた?」 「いや、俺も食ったんだけど、聞いただけ」  家に帰って、テレビをつけて、流行りのドラマを「これなんだっけ」「刑事ドラマ。春にもやってたやつのシーズン2」私だけ見て、紘はその間隣で一緒に見たりスマホを見たり、私にじゃれてみたり。 「紘、お風呂出たよ」 「んー」  私と交代で紘がお風呂に入った間にスマホを見る。松隆とのLINEは「面白かったよ、ありがと」という昼間の連絡で止まっていた。スリープにしてドライヤーを取り出しながら、真っ暗なディスプレイを見つめる。  学祭が終わって1週間と少し。もともと松隆との連絡は、用事があればそのついでに雑談をする程度だったし、特別疎遠になったわけではない。……それなのに連絡がないのが気になるのは、なぜか。 『良くも悪くも予想の範囲内でした』  ……なにが良くて、なにが悪いのか。それが分からないせいなのか、頭の中であの時の松隆の顔とセリフが何度もリフレインする。  髪を乾かした後、ぽふんとベッドに倒れ込んだ。スマホの画面は真っ暗なまま。松隆から続きの連絡はない。『Good bye my...』の本を返したのだから「魔女(ラシェル)の決断、どう思いました?」くらい言ってくれてもいいのに。  不意に、紘のスマホがブーッと振動した。
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