3.立場

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 そういえば、紘は一度もスマホの画面を隠そうとしたことはなかったな……。浮気をしている男にありがちでそして当然の行動といえば、スマホでの連絡を隠そうとすることだけれど、紘はいつだってテーブルの上にスマホを置きっぱなしだ。通知もディスプレイに全て出るし。その意味では……やっぱり、茉莉とは決定的な浮気まではなかったんだろうな、やましいことがないからスマホをこうして無防備にできるわけだし……。  そんなことを考えながら紘のスマホに視線を遣った。見ようと思ったわけではなく、音がした方向を見てしまった、その程度のことだった。  ディスプレイに表示されたのは「津川沙那:ちゃんと愛されてるって分かってよかったじゃーん」。  それは、浮気をほのめかすメッセージではない。なんなら、おそらく私と紘の関係に言及したものだった。  でもなんだ? そのメッセージには、奇妙な違和感が湧く。“ちゃんと愛されてるって分かる”って、どんな話の流れで出てくるんだ? 紘は、どんな状況から、私に“愛されてる”と確認するのだろう。ベッドから半分だけ体を起こした状態で、その意味を考えて動けなくなってしまった。そんなことをしているうちに、紘のディスプレイはまた暗くなった。  じっと見つめていても沙那からの追撃はない。そうしてスマホを見守っているうちに、紘がお風呂から上がってくる。 「あったまったー。冬のお風呂好き」 「冬のお風呂と冬のお布団は至高だからね」 「それな」  言いながら、紘が私の横に転がる。スマホを手に取ることはせず、ただのんびりと、風呂上りの熱気を冷まそうとするように転がっている。 『ちゃんと愛されてるって分かってよかったじゃーん』  そのメッセージが、脳内で沙那の声で再生された。なんなら、沙那が目を細めて口角を吊り上げながらポンッと紘の肩を叩く、そんな様子まで容易に想像できた。  愛されてるって分かる。愛されてると確認できる。対外的に分かる愛、恋。内心に隠れているそれを確認する方法、は。 「……紘」 「んー?」 「……私、松隆と仲良すぎかな」  隣にいる紘の空気に、変わった様子はなかった。ただ、会話をするための必要最小限の回路だけを回し始めたような、そんな気配の変わり方をした。 「まあ、仲良いなとは思うけど」 「……けど?」 「……別に、そんだけじゃん」  隣から、肩に半分のしかかるようにして抱きしめられる。 「生葉が俺を好きなのくらい分かってるから」
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