4.懸念

9/16
前へ
/142ページ
次へ
(とぼ)けた挙句の便乗告白だろ。情けねー」 「それは先輩がイケメンだから言えるんですよ!」 「お前、いまの彼女って告白したんだっけ」 「したよ、俺から。『ずっと前から特別だった』って」 「あー、かゆいかゆい。お前は本当に告白ひとつとっても気色悪い」  喜多山先輩は腕をひっかくふりをする。その背後から、グラスを片手に持った先輩達が「なに、なんの話?」「いや、烏間が本当に気色悪くて」「聞いといて失礼だろ」と合流する。同時に、みどりが隣のテーブルから「ねー、みどりちゃーん、あたしの話も聞いてよおー」と雑に絡まれ始める。  ちょうどよく、テーブルの会話が途切れた。今のうちにトイレに立っておくか、と立ち上がる。  その瞬間の、出来事だった。私が席を立とうとテーブルに手をつき、何の気なしに前方に視線を向けてしまった瞬間の出来事。そして、その出来事のはじまりからおわりまでも、ほんの一瞬だった。それなのに、まるで狙いすましたかのように、その光景は視界に飛び込んできた。  愕然として、立ち尽くしてしまった。なぜ、このタイミングだったのだろう。私が立ったのは、偶然に話が途切れて、トイレに行こうとしたからだったのに。もしその光景に意図があるのだとしても、私が見る瞬間を狙うことなんてできないはずなのに。  いや、タイミングなんて、それ自体はどうでもいい。今あの瞬間を目撃しなかったとしても、どうせいつか知ってしまっただろう。  ただ……、振り回されきった私達の終焉(しゅうえん)が、そんな偶然で決まってしまうものなのかと、そんな失望に似たショックを受けてしまった。  立ち上がってしまったものは仕方がなく、逃げるように座敷の外へ歩いた。(ふすま)を開けて廊下に出て、ふらふらと足を進め……、私達が2階の座敷を貸し切っていたこと、つまりここには他の客がやってこないことをいいことに、エレベーター横の壁を背に立ち尽くす。  一体、どこまで──。
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加