4.懸念

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「いや、もう疲れたんで……」 「年末だぞ! 先輩の顔も見納めだぞ!」 「喜多山先輩の顔はイヤってほど見ましたよ」 「お前は本当にそういうとこがさあ、可愛くないんだよなあ」声を上げて笑いながら「でもお前は後輩としてめちゃくちゃ可愛いからな。院試終わったら顔出すから、飲みに行こうぜ」 「……そうですね」  喜多山先輩が離れた後、烏間先輩の姿を探した。少し離れたところで、松隆と話している。松隆が隣にいるなら、近づけない。  仕方ない、このまま帰ろう──諦めて、するりと軍団の中を抜けたとき。 「生葉」  誰よりも早く、紘に見つかった。振り返って目を合わせると、紘はちょっと視線を泳がせた。他のみんなは、私達が列からはぐれたことに気が付かず、帰宅するなり3次会に行くなり、とにかく先に進んでいた。 「……3次会行かねーの?」 「……うん。眠いし、疲れちゃったし」 「……家行っていい?」 「…………」  無言の理由を、紘はなんだと思っただろう。  月明かりとほんの少しの街灯に照らされた道に、私達2人だけが取り残されている。喧噪(けんそう)は徐々に離れていき、沈黙の時間が静寂に呑まれ始める。 「……だめ?」  甘えるような、遠慮がちな声だった。 「……紘」 「……なに?」  それでも、私が名前を呼べば、その声は精一杯優しいものに変わった。いつもそうだ。紘は優しい。知っていた。紘は、口先のわりに優しい。ぶっきらぼうだけれど、本当は優しい。……でも、それと同じくらい、弱い。  中学生のとき、サッカー部でレギュラー落ちした。大学受験に一度失敗した。中高男子校だったというのもあるけれど、そもそも女子にモテたことなんてないし、当然、私と付き合うまで彼女ができたことはなかった。いわく、それが紘のコンプレックスだった。そして、それが私の知っている紘の弱さだった。  その弱さを見下したことなんてなかったし、それどころか、ついこの間まで、それを弱さだと感じたこともなかった。だからこそ、そんな過去を歩んできた紘にとって、私や松隆がどう見えるか、私は考えたことがなかった。 「……沙那から、私と松隆が仲良すぎるって言われた?」  6月、烏間先輩が冗談交じりに言っていた──松隆が私を推しメンだと言っているなんて、紘には聞かせられないと。松隆みたいな後輩が自分の彼女をお気に入りだなんて、不安になるだろうからと。 「えー……。……言われたっけな……」  曖昧な答えは、なんの裏付けにもならない。 「じゃあ、沙那に、私を試してみようって言われた?」  紘の顔色が、ほんの少しだけ変わる。
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