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「茉莉と仲良くして、私がどう思うか。試したらいいんじゃないって」
──紘は、きっと、松隆の存在が不安だったのだろう。テニスが上手くて、大学受験もストレート、いつでも女子に騒がれるほどの完璧な容姿。非の打ち所のないステータス。そんな松隆が彼女の傍にいることが怖くなったのだろう。
そんな心配に駆られるほど、そしてその心配を私に伝えることができないほど、紘は弱かった。
だから、沙那に利用されるんだ。
「……別れよう、紘」
たったその一言を口にするために、どれだけかかってしまったのか。吐き出すように、苦しい喉の奥から絞り出した声は震えていた。必死に堪えていた涙が溢れてしまった。別れを切り出す側なんだから泣くべきじゃないと思っていたのに、理性で抑えられるほど小さな感情ではなかった。
「……そう」
紘は、理由を聞かなかった。理由を聞かない理由が、私への気持ちが冷めているからなのか、沙那と画策して私を試したと分かっているからなのかは、分からなかった。
でも、分からないままでいいと思った。私達は、踏み込めば分かったはずの相手の気持ちを、ずっと手探りで済ませてきたツケを払うべきだ。
紘の子供っぽい目が潤んだように見えた。
「……こういうのは、惚れたほうの負けだな」
「私だって好きだったよ!」
この期に及んで、紘は、私が紘を心底好きだったと自信を持つことができないのだ。その事実を、見栄だか虚栄だかなんだか分からない、あたかも自分だけが好きだったかのようなセリフに突き付けられて、思わず叫んでしまった。
それでも、そんな偉そうなことを考えながらも、分かっていた。紘に当てはまることは、大体私にも当てはまることだった。紘は、わざと、そして執拗に茉莉と仲良くしていたとはいえ、その姿を見て心配に駆られたのは私も同じだった。その結果、私は、紘にとっての茉莉の立場を松隆に求めた。
あたりは静寂に包まれていた。たまに車の音が聞こえていた。その中に、私が必死で涙を堪える、出来損ないの嗚咽が混ざっていた。
「……ごめんね、紘」
その謝罪で、どれだけのことが伝わったのか分からない。
結局、私と紘は似た者同士だった。
家に帰って、シャワーを浴びた。ダムが決壊したように、シャワーに打たれながら泣いた。でも、シャワーで全身が温まる前に、涙は止まっていた。きっと、私が泣いていたのはものの数分間。それが誤魔化しようもない事実だった。
その事実を頭の片隅で捉えて、私の紘への気持ちは、その程度になっていたのかもしれない、なんてことを思った。
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