5.浮気

9/15
前へ
/142ページ
次へ
「……でも、紘を陥れようとは考えてないって」 「考えませんよ」 「……私と紘が別れればいいとも思ってないって」 「ええ」 「……私を」一瞬詰まって「紘から奪おうと考えてるわけでもない、と」 「ええ、そうですよ」  頬杖をついたままの松隆は、悠然(ゆうぜん)と微笑む。もう私の頭はパニックだ。 「……あんまり実効性がなさそうだけど……沙那がしっぺ返しを食らうところを見たかったとか」 「それは見たいですが、違いますね」 「……なに? 一体なに?」  せいぜい考えられる現実的な可能性は3つ。紘への嫌がらせ、私を(もてあそ)ぶこと、そして……自意識過剰かもしれないけれど、私を紘から奪うこと。  しかし、自分を嫌いな(せんぱい)への嫌がらせではない。それは早々に明言していたことだった。  更に、私への嫌がらせでも……ない、はずだ。松隆にそんな裏表はないはずだし、恨まれたり嫌われたりする覚えがない。  ……自意識過剰かもしれないけれど、そうなると、残る可能性は、松隆が私を異性として好きで、あわよくば紘から私を奪おうとしているということだ。でも、松隆は度々その可能性を排するような言動をとったし、いまなお否定している。しかも……、なにより引っかかっていたのは、幼馴染の存在だ。私ではない誰かを好きである可能性をにおわせ続けていた。しかも烏間先輩が存在を確認しているのだから、ブラフではない。つまり松隆が私を好きである可能性は限りなくゼロに近い。  そうなると、排しきれないのは私への嫌がらせ……私を翻弄(ほんろう)して楽しむことが目的だったとしか──。  困惑しきった私に、松隆はいつもの微笑を投げかけた。 「生葉先輩に僕を好きになってもらうことですね」  は? ……理解できない文字列に、たっぷり三拍、脳が止まった。 「なに言ってんの? だって紘から奪おうとは考えてないとか……」  当初ならまだしも、さっきまでそんな嘘を吐く理由はない。  混乱している私とは裏腹に、落ち着き払った松隆は紅茶を飲みながら「ええ、それは別にどうでもいいです」と首肯(しゅこう)する。ということは、紘から私を奪わないことと、私に松隆を好きにさせることは両立する。……両立するということは? どういうことだ? 「一体どういう……」 「だって、生葉先輩を大宮先輩からとったって、でしょう。ただ流されたとかではなく、僕を好きになってもらわないと」  ……なに? 松隆のセリフを矛盾なく整理しようとして……、思考回路が迷子になった。とるだけだと意味がないってなんだ。
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加