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「……じゃあ……えっと、つまり……?」
「要約すると、こういうことです」松隆は笑みを浮かべたまま「僕は先輩を好きになりましたけど、先輩にはすでに大宮先輩がいたので大人しくしておくことにしました。でも上手くいってなさそうだったので、先輩が僕を好きになればいいなと思って、あの手この手で近づくことにしました。無事、先輩は僕の口車に乗って、ここまで距離を縮めてくれたわけです」
「……つまり今までのは嘘?」
「僕はなにひとつ、嘘は吐いてませんよ。先輩が勝手に騙されただけです」
ただ別れさせるだけではなく、ただ横取りするのではなく、私自身が松隆を好きになった結果として紘と別れる選択をさせたかっただけ。
「言ったでしょ、僕は結構健気ですって」
爛々と輝く笑みに、ソファの上で握りしめている拳が震えた。恥ずかしさを隠すための拳が、いつの間にか怒りと苛立ちを露わにしている。
「こうも言いましたよ。甘く見てもらっちゃ困りますよってね」
言葉遊びのような、それは、嘘だ。まごうことなき嘘だ。
「お前……本当にいい加減に……」
「そうですね、いい加減に大宮先輩の愚痴も聞き飽きました。そろそろ僕と付き合いません?」
いつかの夜のように、松隆の手が私の手に伸びてきた。今度は捕まるまいと引っ込めようとしたのに、易々と掴まれる。そのまま指が指の間に滑り込んできた。その感触と視覚的効果にゾワリと背筋が震え、慌てて平静を装う。
「いや、でも……、ほらその、松隆は、私に松隆を好きにさせたかったんでしょ。お生憎、私は、まだ……」
「だいぶ好きでしょ、僕のこと」
「…………まさか」
私はまだ紘が好きで、松隆への明確な恋心はないと、そう思っているのは本心だった。
「ふぅん、別に、好きじゃないと」
「……そうですけど」
実をいえば、ほんの少し。ほんの少しだけ、松隆に揺れている自覚もあった。
一番意識したのは学祭かもしれない。髪に、手に、触れられた瞬間、否応なく心が引きつけられた。触れられたところに全神経が集中した。押し殺さなければならない、ひた隠しにしなければならない、そう自分に言い聞かせたくなるほど、心が揺れた自覚はあった。
でもあくまでそれは揺れ程度だし、紘のことが好きで別れられなかったのは事実だ。なにより、紘の行動に散々目くじらを立てておきながら、実は自分はコロッと手近な後輩を好きになりましたなんて、そんな背徳的な事実を認めるわけにはいかなかった。
「じゃ、なんで幼馴染の話を出したんです?」
「……忘年会で? いやだって松隆は幼馴染に片想いしてるもんだと思ってたから、そういう話題になれば幼馴染の話は出すでしょ」
「僕の好きな人が気になったからじゃなくて?」
ただ手が絡まっていただけだったのが、いつの間にか恋人繋ぎに変わる。手のひらを、親指がつうと撫でた。その二重のくすぐったさに体が震えた。
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