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「……なに」
「やめましょ。顔、真っ赤ですよ。ほら脈も速いし」
「彼氏に心配してほしいからいいんだよ!」
「でも彼氏いないですよここに」
「……なんで松隆と飲んでんの私」
「失礼にもほどがある。先輩が連れてきたんでしょ。待ち合わせ場所での最初の一言は『あのクソ野郎』」
「……松隆。松隆に彼女がいなくて本当に良かった」
グラスをテーブルに置くと松隆の手も離れた。でもその手を両手でガッシリと握りしめる。
「私の愚痴をこんなにもだらだら聞いてくれるのは松隆だけだよ! 松隆がいなかったらとっくに紘とはダメになっちゃってるよ! 今後も彼女は作らないで遊んでてね!」
「僕が特定の彼女作らないで遊んでるみたいな言い方、やめません?」
「違うのか……」
「違います。偏見もいいとこです」
「こんなにイケメンなのに……」
「イケメンなせいで、顔から入られることが多くて損してるんですよね」
「世の中のブサメンが聞いたら刺し殺したくなるようなセリフだね。TPOを弁えて発言するように気を付けなよ」
それから、松隆に時々止められながら、カシオレを飲みきった。たった2杯のアルコール度数3パーセント程度のお酒は私を酷い頭痛に陥れるのに充分だ。可愛げのない性格に可愛げのある体質なんて笑ってしまう。私と松隆でいつも通り6対4の割合でお金を出して、居酒屋を出た。
「ごちそうさまです。半分出しますって言ってるのに」
「いーじゃん、可愛い後輩の前だと見栄はりたいし。あと愚痴代」
「それもそうですね」
「否定してよそこは」
外は初秋の夜らしい冷たい空気で冷え切っていた。そういえば、今日は10月なのに2月並みの寒さだとニュースで言っていたっけ。松隆は秋用のトレンチコートを羽織っていて、スタイルの良さのお陰でそれだけで絵になる。つくづくお得な見た目だと思うけれど、本人は損をしているというのだから、不思議なものだ。
「うわー、さむ。寒い、酔いが覚める」
「覚めたら大宮先輩に電話できないですよ」
「そうだね、覚める前に帰ろっと」
「送りますよ」
「いーよ、逆方向だし」
「そんな足取りの人、放って帰れるわけないでしょう」
足元が少しふらつく。こんなに飲んだのは初めてかもしれない。松隆が「そのヒールでふらふら歩くのやめてくれません? 怖いんですけど」と言うから、もしかしたら今の私は千鳥足なのかもしれない。
「先輩、なんで大宮先輩のこと好きなんですか」
「えー、なんでだろ。分からないけど、紘を逃したら、私と付き合ってくれる人、いなさそーじゃない?」
「なんですかその自虐……」
「いやー、松隆はね、イケメン様だから分からないかもしれないですけどね、私みたいな平々凡々な顔だと、自信なんて中々持てないわけですよ」
ははは、と渇いた笑い声が零れた。
「今まで彼氏がいたことなく、告白されたことももちろんなく。……紘が初めてなの、私と付き合ってくれたのは」
「ふーん」
「……興味ないなら聞かないでよ」
「いえ、思いのほかつまらない惚気話だったもので」
「あーあ、先輩にそんなこと言うなんて、本当に生意気! でも可愛い! 実はちょっと頭撫でたいってずっと思ってた! 撫でてもいい?」
「イヤです。……イヤですってば」手を伸ばしたけれど易々と掴まれてしまったし、そもそも20センチ近い身長差では松隆の頭に手が届くはずもなく「はいどーどー、大人しくしてくださいね」
「本当に私のこと馬鹿にしてるでしょ」
「まあ、半分くらい」
「もう半分は敬ってるのかな」
「憐れんでますかね」
「それは全部馬鹿にしてるって言うんだ!」
いまは松隆とこんな馬鹿な遣り取りをしてるけど、帰ったら紘に電話をするんだ、酔っぱらっちゃったー、なんて馬鹿な女を演じながら。少しでもいいから、たまには砂を吐きたくなるくらい甘ったるい彼氏彼女になってみるんだ。
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