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⒋エピローグ
※ こちらのエピソードは久数視点になります。
「クズ男に入れあげる奴が一人ぐらい居てもいい。その方が世の中のバランスが取れるってものだろう?」
珍しく冗談を言った紺野は自分の発言にウケたらしい。ハハッと声を立てて笑った。
「おい! 今のクズ発言って、確実にゲスい方の意味だったよな!?」
「事実だからな」
「ぐ……」
なにも言い返せない。
告白を断っても、もう友達ではいられない。それなら、付き合うのもいいかもしれない。
考えたこともなかった可能性が頭をよぎった。
けれど、手放しで頷くこともできない。友達だからこそ、慎重になってしまう。
未来に……いや、自分の危うさに不安になる。
また誰かに理性とか、倫理観を持っていかれるかもしれない。羽目を外して浮気をするかもしれない。
先の想像をするほど、イエスが言えなくなる。
『恋人を作ったら浮気は駄目だ。今度は相手をちゃんと大切にしてあげなよ』
ふと、元カレの言葉を思い出した。別れを切り出された時に言われた言葉だ。
泣かせて、冷たくあしらって。それでも好きだと言ってくれていた人の決別の言葉は、やっぱりどこまでも優しかった。
……俺は、変われるだろうか。
「なあ、紺野」
「なんだ」
「もしも付き合ったら俺、お前のことをちゃんと大切にできるかなあ……」
「そう思えるようになったのは、いい兆候だ。改心の兆しだと思えばいい」
「でも全然、自信がないんだよ。関係が変わるのも怖い。紺野をなくしたくない。やっぱり友達のままじゃ駄目か?」
「…………」
紺野は表情を変えず、押し黙ったままだ。
静寂が流れた。
不意に、「今日の晩御飯なにー?」と叫ぶ子供の声が、開けた窓から風に乗って入ってきた。
つられるように、二人同時に外へ目を向けた。
空が赤い。もうすぐ夜がやってくる。
紺野がポツリと言った。
「お前、今まで付き合った奴のことを幸せにできるかどうか、考えたことはあるか?」
「考えたこと……」
『他の場所で腰を振ってるとき、コイツの気持ちを一度でも考えてやった事はあるか?』
また言葉が記憶と重なった。
元カレの新しくできた恋人に投げつけられた言葉だ。
顔を両手で覆い、強くこすった。
違う。今は紺野の質問の答えを考えるんだ。
罪の意識に押しつぶされそうな自分に言い聞かせる。
「今まで考えたこと……ない」
「なら、大丈夫だ」
紺野が肩の力を抜いたみたいにホッと息を吐いた。
「今は俺の幸せを考えてくれてたんだろう? 過去のことを充分反省している証拠だ。悔い改めようとする奴には、次のチャンスがあってもいいさ」
「でも……喉元を過ぎて熱さを忘れるかもしれないじゃん」
「さっきも言っただろう? お前がいつまで経っても更生できない場合は、とっとと捨ててやるさ。その時、久数は『恋人』と『長年の親友』を一度に失う。相応の罰を受ける。それで清算してやる。その危機感をいつまでも忘れなければいい」
「長年の……親友」
出会って十年余り。
その間、紺野だけは俺から離れていかなかった。
俺がどんなに最低な行いをしていても、紺野はいつもそばにいた。非難の言葉を浴びせながら、それでも会いに来てくれた。
俺は変わらないかもしれない。
でも、紺野を手放したくない。
それが率直で、偽りのない答えだった。
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