⒊思い出語り

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 紺野はそのあとの出来事を淡々と話した。  金がないと分かった途端、用無しだと言わんばかりに散り散りに去っていくクラスメイト達のこと。  そして、いつもは横幅いっぱいに広がり賑わっていた通学路を、たった一人で帰ったことを。  時折、見知らぬ同学達が話に花を咲かせながら追い越していく。否が応でも『雑踏の中の孤独』を感じずにはいられなかった。  仲間だと思っていた奴に裏切られた気分だった。  真夏の西日にジリジリと背中を照らされて、激しい恨みと、金ヅルにされていたのだと思い知った怒りが身を焼いていく。  打ちひしがれたように地面に落ちた影。向き合って思うのは、禍々しいばかりの負の感情だった。  暗い気持ちは心をどんどん押しつぶしていく。  こんなことで泣きたくない。歯を食いしばるけれど、まだ中学生だった紺野少年にはとても消化しきれない。  こらえきれず、とうとう涙がこみ上げそうになった時だった。  不意に後ろから声を掛けてくる奴がいた。久数だった。 『紺野? 今日は一人? 珍しいな?』 『悪いか! 先に言っとくけど、今日は俺、金持ってないからな。サッサとどっか行けよ!』 「あっ、そこら辺はなんとなく覚えてる! なんでこんな機嫌悪いのかなって思ってたもん」  久数がひらめいたようにパッと表情を明るくした。 「『悪い』どころの騒ぎじゃない。最悪だった」  言葉とは裏腹に、紺野の表情は柔らかい。  じんわりと心に温かいものが流れ込んでいた。  苦い思い出のはずなのに、久数が登場すると、がらりと印象が変わる。甘い感情と混ざり合い、(すさ)んでしまいそうな心を中和してくれる。  そう。あの日、あのとき、紺野は初めて恋というものを知ったのだ。 「金を持ってないって言った俺に、久数はなんて返事をしたか覚えてるか?」 「えー、なんだっけ?」  久数の視線が斜め上になる。その顔を愛おしげに見つめながら紺野は言った。 「『ラッキー』だ。なにも持たない俺に、ラッキーって言ったんだ」 『ラッキー。俺、お前とサシで話してみたかったんだよなあ。これからは金持ってくんなよ。その方が紺野とゆっくり話ができそうだし。な? そうしろよ』 「久数だけだ」  やっと言える。  十年以上、隠し続けてきた想いと、感謝をやっと打ち明けることができる。 「俺の金を当てにせず、俺という人間と向き合ってくれたのは。久数は確かに浮気性で、性的にはだらしない男だ。通常の倫理観では鼻つまみ者だろうな。でも、人間的な部分は真っさらな奴だよ、お前は」  だから、と紺野は久数と正面で向き合った。 「長所が短所を覆い隠して、いつまで経ってもお前を諦めきれないんだ。久数、本当の恋がしたいなら俺としよう。付き合って欲しい」 『とりあえず』でもいい。  首を縦に振ってくれ。  紺野は固唾を呑んで告白の行方を見守った。
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