⒊思い出語り

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「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……」  しかし残念なことに、久数の顔はみるみるうちに気まずそうな表情へと変わっていく。 「俺、紺野とは付き合いたくない。ごめん……」  ガンッと鈍器で殴られたような気がした。  脳が衝撃で揺れて、かつての久数の言葉がこだまする。 『紺野と? マジで有り得ないわ~』  なぜだ。どうしてなんだ。  縋りついてしまいそうになる体をどうにか抑え込み、紺野は至って冷静に話し掛けた。 「何人もの男とは同時に付き合えるのに、俺のことは拒むのか? 久数にとって、生理的に受け付けられないほど俺はそんなに醜悪なのか?」  久数が肩をすくめてハッと笑った。 「そんな訳ないだろ。俺からしたら、紺野はカッコいいし、いい奴だし、超ストライクゾーンだよ」 「スト、ライク……? だったら、なんで……!」  ――あんなことを言ったんだ!  常に冷静でいることを『良し』としている紺野は、すんでのところで暴れ出しそうな感情にブレーキをかけた。 「大人になるとさ、友達ってだんだん減っていくよな。みんな、仕事を優先したり、結婚したりして、付き合いが悪くなるって言うか」 「一体なんの話をしてる!」  久数の言いたいことが全く分からない。雲をつかむような物言いに、とうとう声を荒げてしまった。 「さっきから散々、言われちゃってるけど、俺って浮気グセあるじゃん? もし紺野と付き合ったら、いつか別れることになると思うんだよね。嫌なんだよ。貴重な友達をなくしたくない。だから、俺は友達とは付き合わないことにしてる」  紺野はハッとする。  永遠の謎だった『有り得ない』発言の真相が、突然に解明されたのだ。 「……だから、なのか?」 「え、なにが?」  問いには応えなかった。  そうか、そういうことだったのか。一人で納得した。  久数は『紺野』が対象外なのではなく、『友達』を恋愛の範疇から除外しているのだ。  同時に、紺野は光明を見出していた。  だったら対象内に入ればいいのだ。  自分はすでに久数のストライクゾーン、『合格圏内』にいるらしい。  となると、残るは久数をどうやって説得するかに懸かっている。ここさえクリアできれば、念願だった久数の恋人になれるかもしれない。 「久数、すまない。先に言っておくべきだった」  紺野はあっという間に『久数攻略作戦』のシナリオを脳内で完成させ、実行に移し始めた。  失敗は許されない。けれど、勝算はある。急所は見切った。そこを突けばいい。 「俺の告白を断っても、結果は同じだ」 「……? なんの結果?」 「今日を限りに、俺は久数と絶交する」  紺野のキッパリとした宣言に、久数がアハハハッと豪快に笑った。 「なに言っちゃってんの? 子供のケンカかよ」  久数はゲラゲラしながら腹を抱えている。紺野はそれを横目で見ながら、平坦な口調で続けた。 「気持ちを打ち明けると決めた時点で、俺は賭けに出てる。この先、お前と友達でいる気はさらさら無い。恋人として俺と付き合うか、永遠にサヨナラするか、久数にはどちらかの選択しかない。ちょうど俺も長年の片思いに終止符を打ちたいと思ってたところだから、いい機会だ」 「おいっ、一方的に決めんなよ!」  ゲラゲラをやめた久数が肩を怒らせて立ち上がった。 「そっちが勝手に好きだって言ってきたんじゃん!」 「そうだな。でも、もう言ってしまったものは仕方ない。撤回するつもりはないから、どちらかを選んでもらうしかない」 「はあぁぁっ!?」 「久数、お前も俺に賭けろ。俺なら、久数が浮気性なことも最初から知ってる」 「だから嫌なんだって! 俺の悪い癖が出て、またフラフラするかもしんないよ? それでツライ思いすんのは紺野だよ? すぐに嫌気がさして後悔するよ!?」  たたみかけるように久数が言う。  どうやら紺野の心理状態に揺さぶりをかけたいらしい。  申し訳ないが、無駄な努力である。いや、かえって逆効果である。  久数が自分との絆を大切にしてくれている。  そう思うだけで、紺野の心はきゅんきゅんと音を奏でてしまうのだ。 「ほう、俺のことを心配してるのか? 元カレのおかげで随分と成長したみたいだな」 「心配じゃなくて、警告だっつーの! 同じように泣かせたくないんだよ!」 「ククッ。警告か。まあ、どっちでもいいさ。大事なのは、俺が悲しむかどうかじゃない。俺の心が満たされるかどうかだ」  紺野は更に続ける。  愛してやまない人に向かって、けれど、表面上は不敵な笑みを浮かべて、(とど)めの言葉を放った。 「先のことは心配しなくていい。もしもお前に飽きたら、その時は情け容赦なく捨ててやる。だから今は、構わず俺に落ちてこい」
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