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「なっ、これでも省吾のDomになるんだから、そこはちゃんと頑張るよ! あっ、頑張るっていうのは、省吾が満足できるようにってことで……セーフワードなんて絶対使わせないから」
「頼もしいじゃん。でも無理する必要ないしな。そのままでいるのが俺たちなんじゃねぇの」
「へへ、そうだね」
いつもこうして引っ付いて過ごしているが、想いが届いた今はやはりどこか違う。省吾が一希の腰に手を回し、頭をコツンと寄せてくる。そのくすぐったさに一希は笑い、そのまま視線を絡ませて触れるだけのキスをした。
一瞬で離れていく唇が名残惜しく、一希は省吾を見つめてしまう。無意識に上目遣いになっていることにも気付かずに。すると、省吾がはぁと大きく息を吐いた。
「あー……生殺しだよな。卒業するまではできないしなぁ、セックス」
「省吾⁉」
「ここでヤるわけにはいかないだろ? ラブホ行く金もないし」
「そ、そうだけど、それにしても唐突……」
「唐突じゃないって。思春期真っ只中の性欲の強い時期に三年近くも我慢してんだぜ?」
ニヤニヤとしながら顔を覗き込んでくる省吾の視線から逃れるように顔を逸し、「今はこっち!」と契約書をバンバンと叩いた。
「はいはい。セーフワードな」
「省吾は何か案はある?」
「んー、日常で使わない言葉ねぇ……ちくわとか?」
「え、ちくわ? ちくわって……」
「ほら、小さい時にここによく顔だしてきてたどこかの飼い猫いただろ」
「やっぱり……あのふてぶてしい猫……」
「ふはっ、まだ根に持ってんのなー」
おでんのちくわ柄で二人が『ちくわ』と名付けたぽってりとした猫。ふらっとやってきては縁側で寛いでいたのだが、昼寝中の一希の胸の上が好きだったらしく、香箱座りでのほほんと鎮座していたものだ。そんなちくわに窒息しそうな悪夢を見せられたことは数しれず。一希の中ではあまりいい思い出ではなかった。
「ちょうどいいだろ。苦しみの共有、っての?」
「……うー。省吾がそれでいいっていうならいいけど……」
一希はどこか納得いかない様子で、ちくわ、と書き込んだ。
「コマンド、なにか試してみる?」
「さ、早速?」
省吾は学校でもらった第二性(ダイナミクス)のパンフレットを開き、一希の目の前に置いた。そこには一般的に使用されるコマンドが書いてある。
このコマンドを使うかはパートナー同士で話し合う。増やしたり減らしたり、意味を変えたりといったやり取りが行われるのだ。
「どれがいい? 一希が決めればいい」
「……一番軽そうなの、キスかな」
キスは日常的に使う言葉でもあり、一希にとっても命令に従わせるといった意味合いは弱く、恋人として、という印象の方が強い。
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