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これなら自分でもできそうだと一希は思うが、いざ口にするとなると気が引けてしまう。もし、省吾があのSubの講師のようになってしまったらと思うと恐ろしかった。
俯いてじっとしていると、一希の脇腹を省吾がつついた。
「ちゃんと俺の方向いて言えよ」
「だ、だって、心の準備が」
ほら、と省吾のあぐらの中に招かれ、一希はずりずりと移動して向き合うように座った。
「多分大丈夫だって」
「多分って……適当」
「どちらにしろ、やってみなきゃ始まんねぇだろ。何があっても俺が受け止めてやるから」
「うん……」
「一希、大丈夫。俺とおまえだろ。俺を他のSubと一緒にすんなよ」
それは省吾自身にも言い聞かせているような言葉だった。
「省吾……。そうだよね。省吾だもんね」
「ああ」
「じゃ、じゃあ、するよ? ……省吾、き、『キス』」
省吾の淡い栗色の瞳を見据えながら、一希はおそるおそるコマンドを口にした。その途端とくとくと胸が高鳴る。プレイが始まったと体が感じ取ったようだった。省吾にはあの講師のような変化も、拒否反応もでておらず、一希はホッと胸を撫でおろす。
省吾はただ悪戯っぽく目を細め、指の腹で少し上気する一希の頬をそっと撫でた。
「どこにする? どこにされたい?」
コマンドしたのは一希だと言うのに、主導権は省吾にある。一希はそれに全く違和感を抱かなかった。反対にしっくり来る。いつものようなやり取りに、緊張していた体から力が抜けていくのがわかった。
「く、口……」
頬を撫でていた指が一希の顎を持ち上げ、省吾の唇がそっと一希の唇に触れる。そして啄み、角度を変えて少しずつ口づけが深くなる。
隙間から差し込まれる舌に驚きつつも、省吾のものだと思うとすんなりと受け入れられる。ゆっくりと口内を這う温かい感触に腰がゾクリと震え、鼻にかかった甘い声が漏れた。
「ふ、……っ」
二人にとっては初めてのディープキス。ジンと頭の中が痺れる感覚を何度も味わい、粘膜の触れ合いはこんなに気持ちいいことなのかと、心も体も高揚する。一度離れては視線を交わし、また唇を合わせた。
恋人と触れ合う喜びは当然ながら、一希は胸の中にじわじわと何かよくわからない感情が生まれはじめていることを感じていた。自分が出したコマンドに省吾が応えたこと。それが自分にとって何を意味するのか。
「ん……ん、っ……はぁ」
省吾の唇が余韻を楽しむように離れる。与えられる快感が途切れて少し寂しさを感じたが、省吾の指が唇を拭うように優しくなぞり、一希の眦はとろりと下がるばかりだった。
「……どうだった?」
そう問われて、ふわふわとした幸福感に包まれながら一希はそっと省吾の背中に手を回した。
「省吾……すごく気持ちよかった」
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