これが二人の歩む道

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 笑い合えば、自然とお互いの顔が近づき、唇が合わさる。一瞬触れ合う軽いものだったが、二人は満足そうに抱きしめあった。  まだまだセックスすることに心の準備ができていない一希にとっては安心できる状況だったが、「やっぱ生殺しだ」という省吾のボヤキは止まらない。 省吾を待たせてばかりではいられないため一希も動画やらで予習はしているのだ。ただ、絡まる男女を思い出すと、キスから先の省吾とのアレコレをリアルに想像してしまう。ぼふんと頭から湯気を上げた一希が、省吾から「なに想像してんの?」と散々からかわれたのは言うまでもない。      ◇◇◇◇◇  それから半年後。  省吾は今まで貯めていた遺族年金や奨学金などの支援を得て大学に行くことが決まり、一希は施設で子供たちの世話をしながら事務員として働くことになった。もちろん高校を卒業すれば施設では暮らせないため、手頃な中古マンションも購入済みだ。  十五年も世話になった場所を離れるのは感慨深いもので、先生たちに一輪ずつではあるが花束と手紙を手渡し、一希は涙を流した。「おまえここで働くんだろ」と笑う省吾の目尻にも少し涙が浮かんでいた。  別れを告げ、二人合わせて段ボール五つというコンパクトな引っ越しを済ませる。そして、念願の新婚生活へと一歩踏み出した。  改装済みの室内は中古といえ真新しく、並ぶ家電や家具もすべて新品。二人暮らし用のもののため、そこまで費用はかからなかった。とはいえ、やはり大きい出費には違いない。  床の間の飾り棚に置いた四つの位牌の前に二人で正座をして手を合わせ、無事に施設を出て自立できたことを報告する。両親が残してくれた資金でこの家も全て揃えることができた。既に二人とも両親の記憶は写真の中にしか残っていないが、そこまで苦労することなく生きてこれたことに感謝しかなかった。  両親がいないことに塞ぎ込まず前向きに来られたのは、省吾も一希もお互いの存在があったからこそ。二人は合わせていた手を下ろすと顔を見合わせて笑った。 「さて、始めるか」 「うん」  テーブルに並べたのは婚姻届とパートナー契約書。契約書の禁止行為欄は暴力を振るわないことと書いただけで、後はその時々で加えていくことに決めた。使えるコマンドもまだ軽いものが四つほどだが、それでも前進している証拠。それも含めて全て納得した上で作成した二人の信頼の証になった。  一希は婚姻届を目の前にして、汗をかく手のひらにフーフーと息を吹きかけた。 「はぁ、緊張する。間違えないようにしないと」 「予備あるけど?」 「だって、書くのは一枚だけがいいから」 「なにそれ、こだわり?」 「うん、こだわり」  一希は氏名を書き、バース性の欄にあるDomに丸をする。省吾も「責任重大じゃん」と間違えないように細心の注意を払って書き込み、Subに丸をつけた。
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