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2 魔法使いは塩対応
「どんくせぇ」
白い天蓋付きのベッドの中で目覚めた僕にそう声をかけたのは色黒のゲジゲジ眉の少年だった。年の頃は十歳ころだろうか目つきがやたらと悪くて怒っているような表情をしていた。ぱっと見の印象は眉と目つきのせいで可愛げがないけれど色黒の肌によくとおった鼻筋、長い睫にかこまれたぎょろりと大きい深緑の瞳は彼が大きくなったときに異性をどきまぎさせる外見になる片鱗を見せている。僕の視界に入るのはベッドの横にいる彼と天蓋だけ。僕の記憶がここは学園の保健室だと言っている。だが……
(誰?)
こんな子知らないんだけど?身体中の痛みで記憶を探るのもきつい、そう思っていたのが顔に出ていたのか色黒少年はちっと舌打ちをすると非常にめんどくさそうに僕の頭に手を伸ばしてきた。前頭部を触られた途端ずきりとした痛みが走り思わず顔をしかめる。頭だけじゃなく体中が痛い。気分的には肉叩きで平べったくされたトンカツ肉。全身打撲でどこか動かそうにも痛くないとこがないからこの子の手からも逃げられない。それでも痛くて身じろぎをした途端怒られた。
「じっとしてろ」
彼はそう言うと不機嫌そうな顔をしながら僕の頭の形を確かめるようにゆっくりとその小さな手の指先から手のひらまで使って撫ではじめた。何か僕のわからない言葉を小声で唄うように呟いてる。不思議な抑揚のついた彼の声が部屋を満たしていく。午後の日差しが差し込む部屋の中何か違う光線が走るように見えたけどろくに視線も動かせない僕にはその正体は見えなかった。
彼の手が触れたところからぼんやりとした熱が伝わってくる。最初はぴりぴりと感じた彼の手の気配すぐにそれは変わっていった。
(いた!……く、ない?)
不思議なことに彼がふれるたびに痛みが薄れていく。頭から肩、上半身下半身とゆっくりと撫で擦られるうちに僕の痛みはすっかり消えていた。そうして思い出す、彼のこと。
(あ、これ治癒魔法。そうだ、そうだった!この子は魔法使いだった……)
「で?」
色黒少年は僕に向かって顎でしゃくってきた。偉そうである。喧嘩でも売ってるのかと思うほどに目つきも態度も悪い。将来は前世でいうところのヤンキーという不良になりそうな。でもこれは彼にとっては通常どおり、特段悪気があるわけではないってことも僕は思い出していた。出会ったときから愛想が悪く口数も多くない。彼の師匠以外にたいしては誰にでもそうだったはず。
(いや?出会った時はもう少しかわいかったか……)
病弱だった僕のために家族が交わした彼の師匠の魔法使いとの契約のせいで僕の体調管理は昔から彼の仕事。もちろん彼だって学園で学んでいる生徒だ。
彼がいないと日常生活にも支障が出てしまう僕の命の恩人。今も駆けつけてくれるなんてなんていい子なんだろう。僕はそう思った。
「ありがとう。ミカ」
思い出した名前で呼ぶと彼はフンっと鼻で返事をした。これも通常運転。
「まだどっかおかしーんじゃねーの?」
バカにしたように僕を見下してくる彼は吐き捨てるように言う。
「え?」
おかしい、なんだか悪意を感じる。こんな子だったっけ?記憶の中では無愛想ではあったけど僕のことをこんなに嫌いという目で見たことはなかったのに。
「汚らわしい魔法使いに礼を言うなんてらしくないじゃないか。おぼっちゃん」
そう言われて僕は思い出した、ミカと喧嘩していたことを。
「汚らわしい魔法使い」と彼を呼んでしまったんだった。職業に貴賎なし!前世の記憶がそう言うけれどそういえばこの世界では魔法使いはその力をおそれられ差別の対象になっているんだった。僕はこの子を嫌いではないけれど、そういえば前の僕は彼のこと少し怖いと思っていた。助けてくれる彼の力を得体が知れなくて怖いと思っていたんだ。
「頭打って性格悪いのが治ったなら結構なことだけどよ」
「ほんとお前かわいくない!」
ミカの一言に僕は頭にかっと血が登って叫んでいた。僕の意志に反して体は勝手に彼を睨みつけていた。びっくりするほど感情が抑えられない。
「は、殊勝なふりして何企んでたんだ?相変わらずみたいで安心した。そんなんだからバチが当たって階段から落ちたんだ。後はお前の大好きな王子様に面倒見てもらえばいいんじゃね」
嫌味たっぷりにそう言うとミカは部屋を出ていった。
(大好きな王子様、そうだ、そうだった)
ミカと喧嘩したのは少し前、彼が王子のことを悪く言ったからだった。僕の大好きなアーノルトのことを……気高く聡明なこの国の王太子。僕の守護者でお仕えしたいただ一人……僕の中で彼に会いたい気持ちが溢れてくる。僕が階段から落ちたって聞いたらきっとお見舞いに駆けつけてくれるはず。あの僕を突き飛ばした意地悪エリカのことを叱ってくれるに違いない。だって僕は彼のお気に入りだから、きっとそう。エリカなんてなんでも持ってるくせにしっとして僕を突き飛ばすなんて意地が悪い。あんな女が僕のアーノルトのことも手に入れるなんて。許せない!大嫌いだ!なんで僕は女の子じゃないんだろう。僕が女の子だったらあの子より美人で彼の隣にふさわしいのに。夜会では素敵なドレスを着て王太子妃として彼のそばに立ってアーノルトのためにかわいい子供をたくさん産んであげるのに。ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!
記憶が醜い感情を引きずり出して僕は胸が苦しくなって胸元を握りしめた。なんで、どうして、ずるい!って子供の癇癪みたいに気持ちが跳ね回る。
(バチが当たって階段から落ちただなんて!落とされたんだよ!!)
怒りが収まらない。僕は被害者なのに!!もうミカがとっくにいなくなったドアに向かってクッションを投げつけようとしてあることに気づいた。
「どんくせぇって言ってた」
まるで僕が一人で落ちたみたいに……
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