伸明 2

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そして、それに、気付いた私は、苦笑した… いつのまにか、笑っていた… 自分自身を笑っていた… 自分の愚かさをあざ笑っていた… そして、私が、笑っているのを見て、伸明が、 「…寿さん…なにが、おかしいんですか?…」 と、聞いた… 当たり前だった… が、 私は、言おうか、どうか、悩んだが、言わなかった… 今さら、あのとき、伸明が、どうして、私にキスをしたかなんて、話題にしても、仕方がない… お子ちゃまではないのだから、今さら、どうでも、いいことだ… 例えば、これが、ホテルでも、同じ… どうして、あのとき、私を抱いたの? なんて、聞くのは、野暮… 野暮の極みだろう… 大抵は、その場のノリというか… お酒も入って、気が大きくなったから、つい… なんて、のが、大半だ(爆笑)… そして、だから、言い訳できる… カラダの相性が合わなかっただの… 実は、大して好きじゃなかったの… 色々、理由はある(苦笑)… が、 そんな理由を言わずに、 「…あのときは、お酒も入っていたから、つい…」 と、でも、言えば、相手も納得する… まさか、ホントのことは、言えないが、そう言われれば、大抵は、納得する… 本音では、どう思っているか、わからないが、大抵は、引き下がるというか… 相手も、 「…オレも酒が入っていたから、つい…」 と、でも、言って、笑い話にする… そうすれば、互いが、傷つかずにすむからだ… ホントは、相手のことを、好きでも、そう言われれば、脈がないことが、わかる… だから、大抵は、それ以上、なにを言っても、ダメだからだ… だから、諦める… そういうことだ(苦笑)… そして、私が、そんなことを、考えていると、 「…寿さん…なにが、おかしいんですか?…」 と、もう一度、伸明が、聞いてきた… だから、私は、 「…私たち、二人とも、子供みたいですね…」 と、言った… 「…子供? …どういう意味ですか?…」 と、伸明… 「…だって、今、互いの顔が、ぶつかりそうになっただけで、二人とも、顔が赤くなったでしょ?…」 「…」 「…だから、子供…二人とも、中学生や高校生みたい…」 私は、笑って言った… が、 私のそんな発言を聞いた伸明は、面食らった様子だった… そして、 「…子供…子供か…」 なんて、一人で、ブツブツ呟いた… 「…たしかに、そうかも、しれない…」 なんて、ブツブツと、呟く… 「…ボクも寿さんも、子供…たしかに、言われてみれば、そうだ…」 と、ブツブツ、呟く… 私は、伸明が、なぜ、そんなにも、ブツブツ呟くのか、わからなかった… 「…だから、どうしたんですか?…」 と、聞いた… 聞かざるを得なかったというか… 「…和子叔母様ですよ…寿さん…」 「…和子さん?…」 「…ボクが、心配で、心配で、仕方がないみたいだ…」 と、言って、笑った… 「…四十を過ぎた男をつかまえて、心配もないものだが、和子叔母様の目から、見ると、子供というか…たぶん、小学生や中学生程度にしか、見えないんでしょう…」 伸明が、自嘲する… 「…まあ、これでも、自分としては、なんとか、やってゆけるつもりだったんです…」 「…なにを、やってゆけるつもりだったんですか?…」 私は、わざと、聞いた… 「…それは、もちろん、五井家当主ですよ…」 伸明が、笑う… 「…自分には、あっているか、どうか、なんて、さっぱりわかりませんが、五井家当主の家に生まれた以上は、仕方がないでしょ?…」 「…」 「…好きだ…嫌いだ…言える立場じゃない…そもそも、選択の余地がない…」 伸明が、笑う… 「…そして、これが、運命…五井家の当主の家に生まれた運命です…」 伸明が、笑いながらも、力強く言った… 「…だから、万難を排す…叔母様の気持ちもわからないわけじゃない…」 「…どういう意味ですか?…」 「…さっきも、言った藤原さんの会社、FK興産の買収です…」 「…」 「…叔母様は、FK興産の買収を、ボクの五井家当主の就任祝いに、したいと、思っている…ハッキリ、言えば、ボクの当主就任に花を添えたいと、思っている…」 伸明が、苦しそうに、言う… あるいは、嫌そうに、言う… 私は、だから、 「…嫌なんですか?…」 と、直球で、聞いた… すると、 「…嫌ですね…」 と、これも、伸明が、直球で、返した… 「…どうして、ですか?…」 「…藤原さんは、友人です…その友人の会社を、買収するのは、ちょっと…」 「…ちょっと…なんですか?…」 「…正直、気がとがめます…」 「…だって、それは、藤原ナオキも了承したことなんでしょ?…」 「…いや、それは…」 曖昧に、言葉を濁した… 「…それは、なんですか?…」 「…藤原さんは、迷ってました…たしかに、会社の経営は、思ったように、うまくいってない…だから、ボクに借金した…でも、今すぐ、会社を手放すとか…そこまでは、考えてなかった…」 「…」 「…でも、叔母様が、せっかくのチャンスだからと…強引に…」 「…強引にって?…」 「…逮捕です…」 「…逮捕?…」 「…脱税の疑いで、逮捕されれば、風向きも変わると…」 思ってもいない言葉だった… まさか… まさか、今回の藤原ナオキの逮捕の陰に、和子が、いるとは、思わなかった… 五井の女帝がいるとは、思わなかった… が、 それでか? 私は、気付いた… ナオキは、拘置所を出た後、どこかに、消えた… が、 和子が、面倒を見ていると、さっき、この伸明が、言った… つまりは、ナオキを逮捕させ、拘置所から出た、ナオキの世話をして、うまく、ナオキを丸め込むというか… FK興産の株を五井に売却させる… そのための布石だったのだ… 私は、今、伸明の話を、聞いて、気付いた… …たいしたタマだ!… 言葉は、悪いが、そう、思った… 私自身、癌の治療のため、オーストラリアに行った… その費用を和子に出して、もらった… だから、これまでは、純粋に、和子を、いいひとだと、思っていた… が、 五井の女帝と呼ばれた女が、そんなただのいいひとのわけがない… そんなただのいいひとが、五井の女帝なんて、世間から、呼ばれるわけがないからだ… だから、すっかり、騙された… すっかり、和子に騙された… 私は、甘ちゃん… 実に、甘ちゃんだった… 今さらながら、気付いた… そして、それに、気付くと、 …だからか!… と、わかった… なぜ、諏訪野マミが、私に、これ以上、五井に接するな、と言った、警告の意味がわかった… 諏訪野マミは、和子の目的に、気付いていたのだ… だから、私に、 「…五井に近寄るな!…」 とか、 「…これ以上、五井に関わると、寿さんが、不幸になる…」 と、警告したのだ… マミさんは、今回の舞台裏を、すべて、知っていた… だから、私に警告した… 今回の舞台裏を知って、私が、嘆き、悲しむ姿を、見たくなかったに違いない… まさか、和子が、そんな無慈悲なことを、するなんて… そんなことは、想像もしなかった… いや、 想像できなかった… 和子は、単純に私の味方だとばかり、思っていた… 実に、甘ちゃん… 甘ちゃんの考えだった… 自分で、自分に腹が立つ甘ちゃんの考えだった(苦笑)…  そして、それに、気付くと、自分自身が忌々しくなった… 自分のバカらしさ… 自分の子供っぽさというか… とにかく、自分自身の愚かさに、自分でも、腹が立った… 腹が立って、仕方がなかった… が、 怒ることは、なかった… 和子を憎むことも、なかった… むしろ、憎むべきは、自分… 私、寿綾乃の愚かさだった… 愚かな寿綾乃を、憎んだ… 和子の前で、無防備でいる、自分に腹が立った… 腹が立って仕方が、なかった… 相手は、五井の女帝… そんな女の前で、無防備でいる、自分自身に腹が立った… 和子の脅威に気付かない… あるいは、 和子の脅威に、無防備でいた… そういうことだった… それに、気付くと、いつのまにか、笑いが出た… 愚かな自分に対する、笑いが、出た… 人間は、誰でも、そうだが、ホントに、なにも、なくなると、怒るでもなく、泣くでもない… 笑うのだ… これは、以前、阪神大震災で、自宅が、倒壊し、なにもかも、失った男性が、週刊誌の取材で、言っていた… 震災で、なにもかも、失った姿を目の当たりにしたとき、なぜか、自分でも、笑いが出たと… そう、証言した… そして、その気持ちは、その記事を読んで、漠然とわかったが、今、似たような状況になって、心の底から、私も、そう、思った… なにもかも、なくなったときや、信じていた人間から、裏切られたときは、怒るのでも、泣くのでもなく、笑う… そう、思った… そう、思ったのだ…               <続く>
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