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第9話 4人目
片桐直哉は自らの悪行を隠すためか、随分と厚いカーテンを使用していた。おかげで部屋の明かりを少しも漏らすことがなく、中に人がいるのかどうかさえ外からはわからない。
ベッドの足に縛りつけられた片桐直哉は、自問せずにはいられなかった。
(くそっ、どうしてこんなことになった?)
パンツだけはいた状態で縛られているので、ロープが肌に食い込んで痛々しい。
口にはタオルが突っ込んであるので声をあげることもできない。
直哉の前には下着姿の沙耶が椅子に座って足を組んでいた。
その手には小さな縫い針を持って。
昨夜、直哉はバイト帰りに、酔っているのかふらふらと歩いている女に会った。
胸元が大きく開いたミニのワンピースを着たその女はとても美人だった。
「大丈夫ですか?」と解放するフリをして、そのままタクシーに乗せると、自分のマンションへ連れ込んだ。
後でめんどうなことになっても、「動画をばらまく」と言えば女はみんな黙る。簡単だ。
女をベッドに横たえると、これから起こることも知らずに、すっかり眠っているように見えた。
ベッドで行われる行為が映るように、予め設置されているカメラをONにしようと、女に背を向けた時だった。首筋に何かチクリと感じて、すぐに意識が遠のいた……
「パソコン、スマホ、iPad……他にUSBとかDVDは?」
沙耶が口の中のタオルを取り出す。
「な、ない。それで全部」
「あ、cloudにデータアップしてたりは?」
直哉が無言になる。
「あるんだ? 全部教えなさいって言ったよね!」
先ほどまでの淡々とした口調から、急に態度を変えた沙耶は、細い針を指と爪の間に刺す。
直哉を激痛が襲った。
叫ぶ前にタオルを口に突っ込まれた。
「痛いよね、これ」
沙耶は自分の指先をちらりと見てから、直哉の別の指に針をさそうとする。
「んんんっ」
声にならない声で伝えようともがく。
「大きな声出したら、殺すよ。パスワードは? 全部頭ん中とかないよね? だってあんたバカそうだもん」
沙耶が再び口の中のタオルを取り出す。
「い、言ったら開放してくれるんだよな?」
「……余計なことは言わなくていいから」
「そ、そこの棚の下から二番目の本の間にメモが」
「ふうん」
沙耶は聞いた場所からメモを取り出すと、デスクの上のノートPCを使い、書かれているサイトにひとつずつログインし、中身を確認していった。
日付で管理されたフォルダの中には隠し撮りされた性行為の動画が大量に会った。
沙耶はそれら全てを、何時間もかけて同じ名前の別の動画で上書いていった。こんなことは時間稼ぎにしかならないのは承知している。それでも、少しでも時間が欲しかった。
全ての作業を終えた後、アカウントも削除した。
後は運を天に任せるしかない。
天に見放された自分がそんなことを願うなんて滑稽だと思いながらも、沙耶は手を止めなかった。
今度は用意していたドライバーでノートPCの背面のネジをはずし、中のハードディスクを取り出すと、それに小さなドリルで穴を開ける。スマホも同様に穴を開ける。パスワードの書かれたメモはキッチンで燃やした。
それから、バスタブに貯めた水の中に、あるだけの砂糖や塩など調味料を入れ、その中にノートPCから何から全て沈めた。
「これで本当に全部?」
「ぜ、全部だ。だから開放して……」
沙耶はまたタオルを口に突っ込んだ。
「このまま助かるとか思ってるところも、頭悪すぎ」
直哉を更なる激痛が襲った。
「すぐには楽にさせない。あんたとあんたの友達は今までしてきたことの分、罰を受けないとね」
(野崎信也のことを言っているのか?)
(やつは強盗に会って死んだんじゃない?)
恐怖が直哉を襲った。
「地獄に落ちろ!」
そう言ったつもりだったが、口の中のタオルのせいでただモゴモゴと言うに留まった。
「私はもう地獄に落ちてるから」
直哉が何を言ったかわからないはずだったが、沙耶はそう言うと、今度は直哉の指の爪をひとつずつはいでいった……
「2人で朝まで楽しもうね」
沙耶は怯える直哉に、とびっきっりの笑顔を向けた。
直哉の住むマンションは住民に学生が多いせいか、早朝に人の出入りがほとんどないことは知っていた。それでも慎重に廊下に出ると、ドアに鍵をかけ、非常階段を降りた。
沙耶は直哉に時間をかけすぎてしまったことを少し後悔していた。
警察はバカじゃない。
どのくらい時間が残されているだろうか……
でももう少しだけ……
防犯カメラの位置もチェック済みだった。
それでも、周りの目を引かないように、沙耶は直哉のマンションを後にした。
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