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第10話 終わりのはじまり
沙耶が本屋に立ち寄ると、怜奈はレジのところでスーツ姿の男性社員から何か言われているところだった。
中年の男性社員は下を向いている怜奈のからだをじろじろと見ている。
そこへやってきた店長が怜奈と男性社員の間にさりげなく入った。
あきらかに機嫌を悪くした男性社員が何かひとことふたこと文句を言ってレジを後にした。
店長と怜奈が何か話をしている。
沙耶のいる場所からでは話の内容までは聞こえなかったが、怜奈は店長に何度も頭をさげていた。
それに対して店長は何かを言って、首を振っていた。
あけぼの書店駅南口店の店長は40過ぎ。怜奈くらいの年の子から見れば「オジサン」の部類に入る。
沙耶はしばらく店長を見ていた。
本屋を離れ、駅まで戻ると沙耶はスマホを手にした。
『今日バイト? もうすぐ駅なんだけど、お腹がすいちゃって。良かったらご飯一緒にどう?』
メッセージを送信し返事を待つ。
怜奈とは時々ご飯を食べたり、ぐちを言い合ったり、はたから見れば仲の良い姉妹にみえるくらいまで仲良くなることができた。今日のように急に誘っても不審に思われることもない。
怜奈のシフトは18時まで。
今は18時12分。
タイムカードを押してロッカーに荷物を取りに行き、スマホを見るのが15分後くらい。もうすぐ返信がある。
シャラン。
予想通り怜奈からだった。
『行きます!でもちょっと嫌なことがあってグチはいっちゃったらごめんなさい』
やはり何かあったらしい。
駅前の居酒屋は会社帰りのサラリーマンでごったがえしていた。
「怜奈、ペース早いよ」
店に入ってから怜奈は食べるのもそこそこに、ビールやカクテルを次々と飲んでいる。
「あー、沙耶さんってば、怒った顔もきれい」
「何があったの?」
「あいつ、ホント嫌っ!」
「あいつって?」
「飯坂って社員。時々本社から見回りに来るんですけど、いつもいろんな難癖付けてきて。今日は発注伝票の文字が汚いから書き直せ、って。一か月分全部書き直しさせられたんです」
怜奈はそう言ってまたお酒を飲もうとしたので、沙耶はウーロン茶のグラスを渡した。
「それに今日は後ろから近づいてきて、からだを押し当ててきたり、『髪をきちんと結ぶように』とか注意するフリして、首筋に息を拭きかけてきたり……とにかくキモイんです!」
「店長さんは助けてくれないの?」
「店長……店長はいつも助けてくれます。今日だって間に入って注意してくれました。上の人にもはっきり言ってくれます。店長はとって優しい人なんです」
怜奈は店長の話になり口調が和らぐ。
「店長さんって、40くらいの人だっけ?」
「年なんて……わたしも沙耶さんみたいにきれいだったらなぁ……そしたら……」
「私、整形よ」
「え?」
「きれいって言ってもらえて嬉しいけど、全部作り物」
「えっと……」
「酔いが覚めた?」
「あ、冗談?」
「本当。隠してないから」
「えっと、あの、じゃあわたしもカミングアウトします。わたし本当の親の顔知らないんです」
「え?」
「養女なんです」
「そんな大切なこと、知り合ったばかりの私なんかに話してしまっていいの?」
「わたしも隠してないんで。仲のいい人には言ってます。今の両親にいっぱい愛されて育ったんで気にしていません」
「いいご両親なのね」
「はい。血はつながってないけど自慢の両親です」
そう言って笑った怜奈の笑顔は本物だった。
「秘密の暴露大会みたいね」
「そうですね」
「じゃぁ、もうひとつ教えて欲しいな」
「なんでしょう?」
「怜奈って、店長さんのことLOVEの方の好き?」
「えっ!」
怜奈が赤くなったので、返事は必要なかった。
沙耶は玲奈と別れて、アパートに帰ると、シャワーを浴びる前に、冷蔵庫からいつものようにペットボトルのミネラルウォーターを取り出した。
そして、開けっぱなしになっている、押し入れの襖を閉めた。
襖に貼られた模造紙の、真ん中に貼ってある怜奈の写真から、右に真っ直ぐと伸びた太い線。その線の先に店長の写真が貼ってあった。
沙耶はその写真の下に書き込んだ。
『絶対にダメ』
「あこがれてるくらいなら良かったけどね、かわいい怜奈、あの店長はダメよ」
そう言って、ペットボトルに口をつけた。
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