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第12話 偶然
沙耶と約束した時間の、10分前に怜奈は歩道橋に着いた。
夕方という時間帯のせいか、多くの人がそれぞれの目的地に向かって歩いている。
沙耶は少し離れたところから怜奈の姿を確認した。
18時45分。
怜奈がそわそわと周りを気にし始めるのが、沙耶の位置から見える。
その姿を見ながら、沙耶はスマホを手に取り、怜奈の番号に電話した。
怜奈がバッグの中からスマホを取り出すのも見ていた。
「怜奈、ごめんなさい。ちょっとお店から呼び出しされてしまって……そっちに行けそうにないの」
「沙耶さん、大丈夫です。気にしないでください」
「本当にごめんなさい」
怜奈が腕時計に目を向ける。
「わたし、もう行かないと」
「ごめんね」
「本当に大丈夫です。じゃあ……」
怜奈はスマホをカバンに入れると、意を決したようにホテルの方へ下りる階段へ向かった。
そのすぐ後ろに沙耶が近づいていた。
怜奈が階段の半分くらいに差しかかったところで、沙耶はその背中を押した。
「きゃっ!」
短い悲鳴とともに、怜奈が階段から転げ落ちた。
同時に誰かが叫んだ。
「人が落ちたぞ!」
「誰か救急車!」
怜奈を囲むように人々が輪を作る中、一人の男性が怜奈の元に近寄って行った。
「怜奈!」
騒ぎに紛れて通り抜けようとしていた沙耶がその声に振り向くと、一瞬その男性と目が合った。
古賀蓮
怜奈にかけ寄ったのは、あけぼの書店の店長だった。
本当の偶然は、制御できない。
沙耶はそれに構ってはいられなかった。
今は他にやらなければいけないことがある。
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