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第15話 小波
先に目を覚ましたのは古賀の方だった。
その隣では怜奈が眠っている。
白く、滑らかな肌には、ところどころ古賀が愛撫した痕跡が残っている。何もかもが素晴らしい感覚だった。恥じらいながらも自分を受け入れる玲奈は女でありながら儚い少女のようだった。
その姿をずっと見ていたいと思いながらも、古賀がベッドを出たところで、怜奈が目を覚ました。
「ごめん、仕事に行かないと」
「わかってます」
「そんな顔をされると困るんだけど」
そう言いながら古賀は玲奈にキスをした。
(仕事が終わったらすぐにでも怜奈を抱きたい。ずっと一緒にいたい)
古賀は、そんなことを思いながらも、自分にもまだそんな感情が残っていたのかと苦笑してしまった。
後ろ髪をひかれる思いで古賀は、あけぼの書店に着くと、一番にPCを起動した。
本社から大量のメールが届いている。出版社によるキャンペーン情報や業務連絡のタイトルが並ぶ中、訃報の文字が目に入った。
タイトルをクリックすると、その内容は、本社部長飯坂健一が昨夜亡くなったというもので、親族の意向で葬儀は身内だけで行うため参列は不要とのことが書かれていた。
飯坂は、よくない噂が絶えない男で、セクハラで数回訴えられたこともあるという話は古賀の耳にまで及んでいた。
怜奈にも興味を示していた。わざとらしく肩に手を置いたり、下に落ちた物を拾わせて上からのぞき込むようなことをしていたので、訃報のニュースを聞いてもあまり悲しむ気持ちにはなれなかった。
(今頃怜奈は何をしているのだろうか?)
古賀がそんなことを考えながら長い一日を終えようとした時、ショッピングセンター側にある棚の向こうに見知った顔を見つけた。
沙耶だった。
咄嗟に追いかけて声をかける。
「れ、川島さんのお友達の方ですよね?」
思わず「怜奈」と言いそうになりあわてて言い直した。
(気が付かれただろうか?)
「何でしょうか?」
「昨日、歩道橋のところにいませんでしたか?」
「これは、ナンパですか?」
「違っ……」
「怜奈に近づかないで」
沙耶はそう言って睨むと行ってしまった。
古賀の問いに、肯定も否定もしなかった。
「さっきの人、店長さんの彼女さんでしょ? 喧嘩はほどほどにね」
いつからそこにいたのか、ショッピングセンターが契約している清掃会社の女性が古賀に話しかけてきた。二人のやりとりを痴話げんかだと勘違いしたらしい。
「違いますよ。彼女じゃありません。」
「あ、そうなの? よく来てるし、本よりもレジとか見てるからてっきりそうなんだと思ってたわ」
「そんなによく来てるんですか?」
「うん。月火金土の夕方はだいたい来てるね。今時そんなに本屋に来る人なんかいないでしょ? それに美人さんだから覚えてるの。そっかぁ、違うのねぇ」
そう言いながら、女性は行ってしまった。
月火金土の夕方は玲奈の出勤日だった。
沙耶は、怜奈が出勤の日に必ずここに来ていることになる。
(玲奈を見張っている?)
何をどうしたいのかわからないまま、アルバイトの子には急用ができたと言って、古賀は沙耶の後を追った。
沙耶は7cmはあろうかと思われるヒールをはいていた。そんなに早くは歩けない。
古賀はショッピングセンターを出ると、バスターミナルの方へ向かって走った。随分前に怜奈と沙耶がバスターミナルの側でさよならを言い合っていたのを見たことがあった。
バスに乗られてしまっていたら間に合わない。しかしそれは杞憂に終わった。
バスターミナルを過ぎて商店街に向かう歩道を、沙耶が歩いているのを見つけた。
古賀はそのまま、沙耶の後をつけた。
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