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第16話 欠片
怜奈から怪我が治るまでバイトを休ませてほしいと、あけぼの書店に連絡が入った。
電話を受けたのは古賀だった。怜奈の方でも、電話口の相手が古賀だと気が付いたはずだ。それなのに、玲奈のよそよそしい口調に、古賀は寂しさを感じずにはいられなかった。それでも、自分の携帯ではなく店に連絡してきたということは、側に両親がいるのだろうと思い直し、事務的に答え電話を切った。
その日は、大量に納品された本を仕分けすることにかなりの時間を強いられた。
そんなに売り上げのないこの店にはありえない量の本。あきらかに発注ミスということがわかる。
伝票の控えの文字は怜奈の物だったが、古賀は玲奈がそんな間違いをするとは思えなかった。
数日前、飯坂が怜奈に伝票を書かせていたことと関係がありそうな気がした。確か同様のことが他店でもあり、注意喚起のメールが届いていたはずだ。
古賀はPCに向かうと、大量のメールの山から目的のものを探しだし、発注ミスを起こしたとされる店に電話をかけた。
残念ながら店長が不在だったため、詳細を聞くことは叶わなかった。ミスをしたとされるアルバイトの女子学生に直接話を聞こうにも、彼女は既に店を辞めていた。しかし、電話に出た子から、辞めた子は飯坂から頻繁にセクハラを受けていたと教えられた。
古賀は続けてもう1本電話をかけた。
本社の総務にいる友人に、実際のところ飯坂部長はどういった状態で亡くなっていたのかを聞くために。
「ここだけの話だけどさ……」
そう前置きのあった後、電話口の相手は小声で教えてくれた。
「早朝、エクリルホテルの非常階段の下で見つかったらしいんだけど、あいつ、いろいろ怪しい噂があってさ、自殺じゃないかって話」
その後、最近の近況なども軽く話して電話を切った。
エクリルホテルは、あの日、怜奈が突き落とされたと言った、歩道橋を降りた先にあるホテルだった。
セクハラ
飯坂が怜奈に書かせていた伝票
大量の発注ミス
突き落とされた怜奈
飯坂の死
沙耶
線がつながったようで、何か間違ったピースが混ざっているような気もする。
ただそれが何なのかが古賀には見当もつかなかった。
夕方、古賀は大学帰りの怜奈と待ち合わせをした。
怜奈は笑顔だったが、少し歩きにくそうで痛々しい。
バスが来るまでの短い間だけ、一緒に過ごした。人目もあるから、たわいもない会話しかできない。
もう5分ほどでバスが来るという時になって、ようやく本題に入った。
「沙耶さんって言ったっけ? 仲のいいあの女の人。どこのお店で働いてるの?」
「沙耶さんですか?」
「今度出張で他店から人が来るんだけど、その、女の子のいる店に行きたいって言うから。変なとこには連れていけないし、知ってる人がいる店なら安心かな、と思って」
「そうなんですね。Sabrinaというお店です。住所と電話番号は送っておきますね」
「ありがとう」
「最近とても忙しいみたいで、あの日も会う約束をしていたんですけど、直前になって仕事がぬけられない、って言われて会えなかったんです」
「あの日って?」
「わたしが……怪我をした日」
「もしかして歩道橋で会うはずだった?」
「え?」
「沙耶さんに会うためにあそこにいたの?」
「……はい。いえ……あの……」
怜奈があの場にいた理由が想像通りなら……
「怜奈」
泣きそうな顔でこちらを見つめる怜奈を、古賀は抱き寄せた。
「人が見てます」
「構わないよ。怜奈が嫌じゃなければ」
「わたしは、嬉しいです」
怜奈を抱きしめながらも、ひとつの疑問が頭から離れなかった。
(沙耶はあの場にいたにもかかわらず、なぜそこにいないふりをした?)
もし、玲奈の言う通り、玲奈が命を狙われているのなら、自分が必ず守って見せる。古賀はそう心に誓った。
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