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第19話 過去
「不法侵入ですよ、古賀さん」
声と共に部屋に明かりがともった。
古賀が振り向くと、沙耶が立っていた。
その手にネイルガンを握りしめて。
「帰りは遅いはずじゃ? ってところかな?」
「どうして……」
「女の感、って嘘です。出勤したら、お店にわたしのシフトを聞いてきた人がいるって言われたんだけど、その人、わたしの源氏名知らないみたいだったから。変だなと思ってお店はお休みして、帰って来たんです。お客さんなら源氏名で聞いてくるもの」
沙耶が古賀に近づく。
「お前、何を企んでる?」
「企んでる……か」
「これは一体何なんだ?」
ふすまに貼られた写真を指差す。
「あー、これは計画表みたいなものです。ほら、夏休みの最初に宿題の計画表作ったりするでしょ?」
「このバツ印……」
「ああ、害虫たち」
沙耶の表情が厳しくなる。
「まさかお前が……」
「ご想像にお任せします」
(この、『絶対にダメ』は? 自分も害虫の一人だと思われているということか?)
沙耶は女性でも小柄な方だった。それとは逆に、古賀の方はだいぶ上背もある。
(いざとなれば……)
「古賀さん、怜奈と寝ました?」
沙耶はネイルガンを真っすぐこちらに向けたまま、唐突に質問してきた。
「そんなこと答えると思うのか?」
「わたしが古賀さんのことを好きで、気になってるって言ったら?」
「それは嘘だろう」
「バレましたか」
沙耶がくすりと笑った。
(この女は一体何を考えているのだろう?)
「古賀蓮さん、随分前に私たち会ったことがあるのを覚えていますか?」
「え?」
「ああ……私、整形しています。この姿で聞いてもおわかりになりませんね」
(前にどこかで?)
「井関加奈子」
「井関……加奈子……」
古賀にとって、忘れるはずのない名前。
井関加奈子は、20歳だった古賀が夢中になった女性。
その当時加奈子は、古賀より5歳か6歳年上だった。
いくら整形していると言っても、沙耶が加奈子のはずはない。
古賀の脳裏にもうひとり、加奈子の子供、確か当時小学生だった女の子の姿が浮かんだ。
「まさか、明日香……ちゃん?」
「嬉しい。その名前、憶えていてくれたんですね。今はもう誰も呼ぶ人がいないんですよ」
沙耶は、加奈子の娘。
古賀にとっては苦い思い出だった。
シングルマザーとして、子育てをしながら懸命に働く姿に、自分が支えてあげなければいけない、という使命感も手伝っていたのかもしれない。
当時学生だった古賀は、井関加奈子という女性と恋に落ちた、と思っていた。
加奈子の子供の明日香ちゃんとも時々遊んだ。よく笑うかわいい子だった印象が残っている。
しかしその日々は唐突に終わる。
加奈子の恋人と名乗る男が、刑務所から出所してきた。
手のひらを返したように古賀に冷たくなった加奈子。
加奈子はただ誰かに依存したかっただけだったということを、古賀は知ることになった。
あまりにも惨めで。逃げるように加奈子の元を去った。
数カ月の短い間のことだった。
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