33人が本棚に入れています
本棚に追加
第6話 大事な人
沙耶は待ち合わせの時間より、いつもわざと遅れて行くようにしている。
主導権など握らせたりしないために。
「来てくれないかと思った」
沙耶を見て、真意を探るような表情をしながらも男は目を輝かせた。
野暮ったい服装に、ボサボサの髪型。管理のできていない体型。
沙耶が待ち合わせをしていたのは、世間一般の女性から見たら、何一つ魅力を感じないような男だった。
けれども、沙耶にとっては価値のある男だった。
「どうしてそんなふうに思うんですか? そんなことありっこないのに」
少し不貞腐れたように見せながら甘えた声を出す。
「いや、だってさ、沙耶ちゃんみたいにきれいな子が僕なんかとご飯を食べに行くなんて、信じられないっていうか……」
「また、そういう言い方。私は……頭悪いから、深谷さんのお話聞くのが楽しいんです」
「え? 本当?」
「はい。この間、パソコンに保存してたもの、削除してもまた復元? でしたっけ? また戻せるって話、びっくりしました!」
「ああ、うん。そうなんだよね。パソコンって、初期化してもデータって残ってるから復元できたりするんだよね」
「そうなんですね! じゃあ、完全に消すことなんて不可能ですね」
「まぁ、どうしても、っていう時は、ドリルで穴開けるんだよ。ハードディスク取り出して」
「取り出す?」
「うん」
「見てみたい」
「そんなの見ても面白くないよ?」
「ダメですか?」
「いや、見たいんだったら……その……ご飯食べた後、また、家に来る?」
「いいんですか? 行きたいです。他にもいっぱい教えてください」
「沙耶ちゃんがそう言うなら……」
沙耶の知りたいパソコンやネットに関する知識を深谷は教えてくれる。
普通の人では知りえないマニアックな情報に加え、それを目の前で実演してくれる。
ネットで検索して、それを読んだだけではよくわからないことも、お願いすれば何度でもわかるまで教えてくれる。学校も満足に通っていに沙耶にとっては大切な存在だった。
ほんの少し触らせてやるだけでいい。
深谷にとって、沙耶は純粋で世間知らずのお嬢さんだったから。
最初のコメントを投稿しよう!