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口をあんぐり開けるしかない。あの、少女のように可愛らしい声はどこにもなかった。立派な大人の男の人の、落ち着いた声。よくよく考えて見れば向こうも今年で大学生になるのだから、とっくに声変わりしていて当然なのだが。
脳内に、成長した愛斗の姿を思い浮かべようとする。
髪型は、今もちょっと長くしてるのだろうか。男の人らしい恰好をしているのか、それとも今もユニセックスな服装を貫いているのか。かっこよくなっただろうか、可愛さの面影はあるのだろうか。今は何が好きで、何が嫌いで、どんな部活をしていて、何を楽しんで――それから、それから。
それから、どう思っているのだろう――私のことを。
「ご、ごめんなさい……」
脈絡がないのはわかっている。でも真っ先に、伝えたかった。
「私……私!子供の頃の、エイプリルフールの日のこと、ずっと貴方に謝りたかったんだ。大嫌いなんて、うざいなんて言ってごめん。本当にごめん。可愛い愛斗くんに嫉妬してたのは確かだけど、でも……大嫌いなんて、そんなの嘘なの。嘘だったのに、嘘だって言えなかった。ごめんね。本当にごめん……!」
いきなりこんな話をされても、向こうはきっと困るだろう。それでも一息で言い切った時、胸の奥にずっとつっかえていたものが取れたような気がしたのだ。
やっと言えた。許して貰えないかもしれないけれど、それでも――言えないままでいる方が責められるよりずっと辛かったのだと、今になってはっきりとわかったのだ。
四月一日が来るたびに、嘘と本当のハザマで苦しむより、本当はずっと。
『うん、知ってた』
電話の向こう。何故か、彼は笑っているのがわかる。
『なんだよ、そんなの気にしてたのか。昔は年賀状、個人でも送ってくれてたのにさ、今は親御さんが送ってくるものしか来なくなっちゃって。どうしたのかって思ってたら』
「……だって、嘘だって、言うこともできずに避けちゃってたし」
『気にしなくていいって。むしろ、俺こそずっと謝らないといけないって思ってたんだから。ユリちゃんに、いっつも守ってもらってばっかりで、情けなかったからさ』
「愛斗くん……」
失われた時間は、けして戻りはしない。
それでも青春は、これから新たに積み上げていくこともできるのだと知る。それこそ、大人と呼べる年齢になったとしても。
『俺、四月からそっちの町に行くんだ。……ユリちゃんの話がたくさん聞きたい。俺と、会ってくれますか?』
勇気を出して本当に良かった。泣きそうな気持ちになりながら、私はスマホを握りしめるのだ。
「うん。……いっぱい話、しよう」
失われた春が、もう一度やってくる。
青空の下、桜の花びらといっしょに。
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