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義理の兄からの勧めで、妻と共にハワイ入りし農夫として働いている三上庄吉は、作業を終えて事務所に寄ると、偶然、顔見知りである正木武夫を見つけて相好を崩した。
「ようっ」
「奇遇だな」
庄吉も武夫も半年もすればキビ畑での仕事から足を洗えるとあって、共に
「天は自分達に味方してくれる」
というような浮足立った気持ちで毎日を送っていた。
二人は、部屋に設置されているテーブルと椅子に目をやると断りもなく腰掛け、傍らに妻達を座らせた。
そんな折、庄吉は、武夫の妻、ヨシと目が合い、その相変わらずの美しさに見とれる。
-しかし解せない。なんでこんないい女が、武夫のようないかつい男の嫁に収まったのか…この男、こう見えて、日本では資産家として通っているとか…-
-駄目だ、駄目だ。
農園から抜け出せる日も近いというのに、人様の女房に興味津々だなんて。天罰が下るぞ-
庄吉は、あえてヨシを見ないようにし、互いの近況を述べ合った。
「それで、あんた達はやはり、義理の兄さんの所に行くのかい?」
「あぁ、小さな雑貨店だが同胞のよしみで日本人が来てくれる。この分で行けば売り場面積も広げられるって話だ」
庄吉がやや自慢げに言うと、武夫は
「そりゃいいね。身内同士で働けるってのは気を使わなくて最高だよな」
と羨ましがった。
その様子を見て、庄吉の妻、ツネが
「それなら、奥さんだけ日本に帰って、武夫さんだけハワイに残ったら?
日本で働くより数倍稼げるよ」
と提案すると、武夫は間髪入れず
「それは無理だな」
とその案を一蹴した。
場が白けたのを実感した武夫は、流れを変えようと
「庄吉さん、その義理の兄さんはどうやって商売を成功させたんだい?」と聞く。
「うん。元年移民でハワイに来た人が先代の社長でね。その人が年老いて、さぁ、日本に帰ろうという時に、たまたま兄貴が近くにいて、店を買い取ったらしいんだな」
「いいよな。客もそっくりそのまま受け継ぐ事が出来るしよ」
「うん。兄さんの所に行くと、いい暮らしをしてるなっていつも思うよ」
「まれに見る立身出世だな」
賞賛を受けているのが自分であるかのように庄吉は、誇らしげな表情を見せた。
「武夫さん。せっかくこうして知り合いになったんだ。
あんたらがハワイを離れる時には送別会をやりましょうや、その時には声掛けますんで」
ツネが痺れを切らしているのがわかった庄吉は、そう結び、正木夫婦に別れを告げた。
沖縄から仲間4人と共に、ハワイに出稼ぎに来た比嘉智明は、ここに来て漸く、仕事がこなせるようになった一志を見、うれしく思った。
4人はハワイに入国し、翌日からプランテーションで働かされた。
線が細く、小柄な一志は、初日からルナの洗礼を受ける事となり、鞭を振るわれた背中には数本のみみずばれが出来ていた。
その夜、一志の兄の貞夫から事実を打ち明けられた智明はその「みみずばれ」を見せられ、ひと言「ひでぇな」と呟いたものの、事務所に詰め寄るなどの行動には出なかった。
親友の弟なのだから、皆を代表して、プランテーション側に抗議をするとか、何かしら手立てはあった。
-でも俺は動けなかった。
要するに臆病者なんだよな-
智明は過去の自分を情けなく思うも、あそこでひと悶着起こしていたら、取り返しのつかない状況に陥っていたはず、とも考えた。
一志の兄、貞夫によると、一志が明るくなっていったのは食堂で時々一緒になる沖野三郎から、古内絹代という女性を紹介されたからだと言う。
絹代は夫と共にプランテーションで農作業をしていたのだが、その後、夫が屋内勤務となり、絹代は絹代で単身者の世話をしていると言う事だった。
「でもその人だって、ただで世話してくれる訳ではないんだろう?結局、金が介在するというか」智明がそう言うと貞夫は
「それが金があれば徴収するらしいが、なければ無いでいいらしい」
と自らも半信半疑のように答える。
プランテーションに来た所で、やまとんちゅは俺達、沖縄勢を温かく迎えてはくれない。
それどころか、遠巻きにして蔑むような目で俺達を見る。そんな中で、親切に接してくれる古内絹代とは、一体どういう人なのか?
智明はいつか絹代に会い、礼を言いたいと切に願った。
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