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「君は何よりも自分だけの家族が欲しいと言っていた。金や地位よりも、そっちの方が大切だと」
その通りなのでこくんと頷く。
「私は、両親の顔をほとんど知らないんです。幸い育てて下さる方に恵まれたので不幸ではなかったんですけど、自分だけの家族というものに憧れがあって」
これは梨沙だけでなく、リサにも通じる話だった。
「そうだったのか」
「はい」
「お互い、知らないことばかりだな。俺は君が魔法を使えるなんて知らなかった」
「え?」
何のことかと逡巡して、朝転んだ少女にジュースを渡した時の事を思い出した。
「あ、あれは……っ」
「2人のやり取りが愛らしくて、かなり癒やされた。子供が好きなのか?」
「そうですね。育てるとなれば可愛いだけじゃないでしょうけど、いつか欲しいです」
愛する人との、自分の子供。それはまさしく『自分だけの家族』。
「そうだな。俺もいつか欲しい」
「小さい子がたくさんいると、賑やかで楽しいですよ」
「あぁ」
「男の子がいいですか? それとも女の子?」
「跡継ぎに男の子も欲しいが、君に似た女の子も可愛いだろうな」
ジルベールの言葉で彼が自分との子供を欲しがっていると感じてしまい、ぶわっと体温が上がった。
「これからは、俺が側にいる」
与えられた幸せな言葉が耳から入り込み、あたたかく心地いい温度でリサの体中を駆け巡る。
ジルベールは自分が居場所になるという言葉をくれただけでなく『側にいて欲しい』『側にいる』とまで言ってくれた。
嬉しくてその胸に飛び込んでしまいたいのに、絵本のストーリーと違ってしまっていることが気がかりだった。
俯いたままなんとももどかしい思いを抱えているリサの右手を取ったジルベールが、ポケットからおもむろに取り出した指輪を彼女の指にするりと滑らせた。
驚いて顔を上げたリサの薬指には、今朝雑貨屋で見ていたトップに小さな赤い石の埋め込まれた指輪がはまっている。
「ジル……、これ、どうして」
「これが気に入っていたんだろう?」
飲み物を買いに走った時、ジルベールはリサが見ていた雑貨屋にも足を伸ばした。彼女が手にとった指輪は、王子でなくとも意中の妙齢の女性に贈るにはあまりにも安いもの。
ジルベールがリサに指輪を贈るのなら、宝飾商を呼んで最上の石を付けたものや、職人にリサの名やラヴァンディエの紋章を彫らせたものでも、何でも用意することが出来た。
しかしジルベールはそのおもちゃのような指輪を購入した。リサなら喜んでくれるのではないかと思ったのだ。
自分の薬指に収まった赤い石の指輪をじっと見つめ、みるみるうちに瞳から涙が溢れていく。
必死に嗚咽を堪え、下唇を噛みしめる。そんなリサの様子を見て、ジルベールは堪らずに彼女を掻き抱いた。
「ジル……うれしい。ありがとうございます」
抱きしめられた腕の中で、リサは溢れる感謝の気持ちをどう伝えらたいいのかわからなかった。ありがとうと言葉にするだけでは足りない。
まさか自分が少し気にかけただけの指輪を覚えてくれていて、それをこうしてプレゼントしてくれるとは。
値段など関係ない。指輪を貰ったという幸福感はもちろん、ちゃんと自分のことを見て考えてくれている、その彼の気持ちが切ないほどに嬉しかった。
「リサ。君はもっと甘えていい。自分の意見を言っていい」
ジルベールは今日出掛けている時に何度もリサの意思を聞きたがった。優しさから自分の主張よりも相手の思いを先に尋ねるリサに、ジルベールはもどかしさと愛しさを同時に感じていた。
うまく甘えられないリサを、おもちゃのような指輪でこれだけ喜んでくれる彼女を、どうしたら甘やかしてやれるだろう。
女性に慣れていないジルベールには、何をしたら彼女が喜んでくれるのか皆目見当がつかない。
だからこそ、リサには言葉にして頼ってほしい。
ジルベールは右手を取り、誂えたようにぴったりとはまった指輪にキスを落とした。
「俺が、全部叶えてやる」
真剣な眼差しに射すくめられ、身動きが取れない。前触れもなくやって来る緊張感に、リサの鼓動はこれ以上ないほど早く脈打っている。
――――――あなたと、一緒にいたい。
リサの望みは、それだけだった。
ジルベールがそっと近付くと炎の明かりが遮られ、薄い光に縁取られた彼の美しい顔に魅入られる。煌めいていた瞳が熱の籠もった深い色に変わるのを、リサは瞼を閉じる瞬間に見た気がした。
口付けを交わすふたりのそばで、篝火がパチパチと大きな音を立てて燃え盛っていた。
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