6.悲鳴をあげる心

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6.悲鳴をあげる心

夢を見た。 今から7~8年は前のこと。近隣諸国のトップを集めての平和会議が毎年冬に招集され、議長国は各国が持ち回りで行われる。その年はレスピナード公国で行われた。 参加国は、資源大国である南のアランブール王国、軍に力を入れている北のバシュラール皇国、開催国である東のレスピナード公国と、近隣で1番の領地と豊かさを誇るラヴァンディエ王国。 いつもは穏やかな公爵が真剣な面持ちで議会を取り仕切り、周りにも同じように怖い顔をした大人の男達が大勢城に詰めかけた。 当時リサとシルヴィアは9歳。1人娘とはいえ社交の場にもまだ出ていないシルヴィアが会議に呼ばれるはずもなく、リサは彼女と共にちらちらと雪の舞う庭園で庭師が行うバラの剪定を飽きることなく見ていた。 『ねぇモーリス。覚えたら私にも出来ますか?』 『もちろん。やってみるかい?リサ』 バラを育て綺麗に花を咲かせるには、葉を落としているこの冬の季節に花がつきやすいように準備をする必要がある。 この城に仕えて30年のベテラン庭師のモーリスは穏やかに頷いてみせると、リサに剪定のやり方を簡単に教えてくれた。 リサはこの城に来て3度目の冬だった。他の使用人たちから色んな事を教わり、なんとか拾ってもらった恩を返そうと必死に役に立てるよう働いた。 モーリスに鋏を借り、秋までに育った枝の半分ほどでざっくりと剪定していく。 リサはその様子を近くで羨ましそうに見ていたシルヴィアに『何か一緒にやってみますか?』と聞くと、シルヴィアは嬉しそうに満面の笑みで頷いて、リサとモーリスが剪定し終えたバラの株元から少し隙間を開けて肥料を撒いていく。 こざっぱりしたワンピースにコート姿のリサと違い、シルヴィアはビロードのケープにドレス姿。ふんだんにあしらわれたフリルやリボンを汚しながら土を弄る様は、公爵や家令、メイド頭が見たら卒倒してしまうかも知れないとリサは心配だった。 そんな心配を他所に、シルヴィアは自分で手入れをした花々を見て満足そうに頷く。 『リサ! 今年の春には今までで1番綺麗なバラが咲くわね!』 『ふふふ。はい、シルヴィア様。きっと』 こうしてどこの異国の子供かもわからない孤児だった自分を拾い、屈託なく土の付いた笑顔を向けてくれるシルヴィアが、リサはとても好きだった。 『まぁリサ、指から血が!』 バラの棘で刺してしまったのか、リサの小さな手の中指からわずかに血が流れていた。 『大丈夫です、このくらい。それよりシルヴィア様、そろそろお戻りになられないと叱られますよ』 『叱られたっていいから、その傷の手当よ! まずは綺麗に洗わなくちゃ。モーリス、あとは頼みます』 『承知しました、姫様』 『モーリス、ありがとうございました。また手伝いに来てもいいですか?』 『もちろんだよ。しっかり消毒しておいで』 シルヴィアは自分付きになった見習い侍女のリサの手を引っ張って城に入っていく。 そんな自分達の様子を、会議に出席するために父についてきたラヴァンディエ王国の15歳になる王子が大広間のテラスから見ていたことを、リサは今も知らない。
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