6.悲鳴をあげる心

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◇ ◇ ◇ シルヴィアの部屋の隣に位置する控えの間でドレスに着替えるのも慣れてきた4日目。 リサの目はシルヴィアやエマが何があったのか聞くのを憚るほどに真っ赤になっていたが、なんとかタオルで目元を冷やしメイクを施してもらう。 昨夜は部屋に帰ると、このまま干からびてしまうのではないかと思うほど涙を流した。枕に顔を埋め声を殺し、ただひたすらに泣いた。どれだけそうしていたかは定かではないが、小窓から見える空が白んできた頃にはうとうとと浅い眠りについたらしい。 子供の頃の夢を見た。小さい頃からシルヴィアはリサを家族のように扱ってくれていた。それは今も変わらない。 「体調が悪いなら少し休んでてもいいのよ」 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」 「もう。リサはすぐ無理をするんだから心配だわ」 リサは侍女としてシルヴィアの身の回りのお世話をする役目ではあったものの、精神的にはシルヴィアの方が遥かに成熟していて、シルヴィアにとってリサは同い年の妹のように思ってくれているのを理解している。 幼い頃の夢を見たことで様々な過去が思い起こされ、リサはやはり彼女の幸せを邪魔するわけにはいかないと1人気を引き締め直した。 午前中は何かと動き回り、ジルベールから話しかけられないように避け続けた。そのまま迎えた昼食会では彼の視線が気になり食事どころではなかった。 入れ替わりの初日以上に味の感じられない食事を済ませると、リサはジルベールが席を外したのを見計らって自らも席を立った。 ダイニングルームのある4階から赤絨毯の敷き詰められた階段を下りて居住区の3階の廊下を進むと、人目を避けるように2人きりでいたジルベールとシルヴィアを見かけた。 何を話しているのか声は聞こえなかったものの、2人は二言三言真剣な顔で話すと、シルヴィアが頬を赤らめ、ジルベールは控えめに微笑んでいた。 控えの間まで足早に歩いた。背中で扉を閉めると、なんとか平静を保とうと大きく深呼吸をする。ここに来るまでに見た場面が在々と脳裏に蘇り、心臓がドキドキと音を立てていた。 やはり2人は結ばれる運命なのだ。自分が邪魔さえしなければ、絵本の通り王子と姫は結ばれてハッピーエンド。みんなが幸せになれるはず。 (幸せになってほしいと、城を出ると決めたのは私。なのに、どうしようもなく辛い……) 2人の微笑み合う姿を思い出すたび、身を切られるような切なさに喉の奥が詰まり、息が苦しくなっていく。部屋の奥に置かれているソファに崩れるように腰を下ろし、自分の首にそっと手を当てた。 それでも呼吸は楽にはならない。ゆっくりと唾液を飲み下し、息をめいっぱい吐き出す。 このまま控えの間に引きこもっているわけにはいかない。塞ぎ込みそうになる気持ちを何とか立て直すために庭園へ出た。 「あ…」 身動きしにくいドレスを纏い1人で広い庭園を歩き回る気にはなれず、リサは城から1番近いバラ園へ足を向けた。 昨夜は強風に煽られていたものの、今は何事もなかったかのように凛と咲き誇っている大輪のバラ達。その奥の茂みから、見覚えのある男性が姿を現した。 「お1人ですか?」 「え、ええ」 まさか人がいるとは思わず驚いたが、重たいドレスを着ていたため飛び上がらずに済んだ。 馬車でも言葉を交わさなかったので、彼、ローランと会話をするのは初めてだった。 眩いばかりの髪色と宝石のような深い緑色の瞳はジルベールと同じ。ラヴァンディエ王国ではこの髪と目の色は珍しいわけではないのだろうか。 目つきは騎士団に所属しているというジルベールよりも幾分穏やかなので、彼は剣よりも知恵で主人であるジルベールを支えているのかもしれないとリサは思った。 絵本のとおりに物語が進むのなら、本来はこの人と結ばれるはずだったのだろうかと彼を見上げる。 ジルベールに劣らない長身に温かみのある整った顔立ち。今まで出会ったことがないほど『イケメン』と呼ばれる部類の男性だが、リサの心は少しも動かない。 「あなたは……」 「え?」 穏やかな表情から一転、真剣な面持ちでこちらを見つめるローランに、ドクンと心臓が音を立てる。 「ジルベール王子を、どう思っていますか?」 ローランとは馬車の中でメイド姿で顔を合わせている。しかし今リサはシルヴィアに扮装しており、メイクも恰好も髪の色さえも違う。1度しか本来のリサの姿を見たことがないローランが、目の前の女がまさかあの時のメイドだとは気付かないだろう。 彼は自分をシルヴィア姫だと疑わずに接しているに違いない。ジルベールはどうやらこちらが入れ替わっていることを従者であるローランには伝えていないらしいと察した。 「どう、というのは?」 リサは急にジルベールの話題が出て動揺する自分をなんとか抑え込まなくてはならなかった。シルヴィアの恰好をして、おたおたと醜態を演じるわけにはいかない。 「生涯を共にするに相応しい男かどうかということです」 食い入るように真剣な眼差しでこちらを見据える様子に、彼はジルベールの従者として、主人の妃になるかもしれない姫の気持ちを聞いておきたいのだろうと理解した。 きっとローランもリサと同じように、仕える主人にはなんとしてでも幸せになってほしいと思っているのだろう。 しかし、シルヴィアの扮装をしているだけのリサには何も答えられなかった。罪悪感に胸が痛む。 ジルベールはとても素敵な男性だとリサは大声で伝えたかった。 王子という身分に驕らず偉ぶらず、自分に非があれば頭を下げられる人だった。 リサが泣いていれば、女性が苦手であるにも関わらず涙を拭ってくれ、居場所がないと零せば自分が居場所になると言ってくれた。 2人で城下町に出た時には自ら買い物をしてくれたり、酔っぱらいから守ってくれたり、少し見ていただけの指輪を覚えていて贈ってくれたり。 エスコートも振る舞いも紳士的で、見つめる眼差しはいつも熱っぽくドキドキさせられる。 何よりも、ジルベールはリサの言葉を待ってくれた。主張が苦手なリサを理解し、それを蔑ろにしないで話すのを待ってくれた。 さりげない気遣いも、初対面の日に一緒に来いと言う強引な優しさも、全部が魅力的でリサの心を囚えて離してくれない。
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