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そしてまた、シルヴィアもこれ以上ないほど素敵な女性だった。
公爵家の姫であるにも関わらず、6歳で路頭に迷っていたリサを拾い、引き取って一緒に暮らせるように父親である公爵に頼んでくれた。
以来居心地が悪くならないようにと仕事をさせてくれたのも、シルヴィアの配慮だったとリサは分かっていた。
レスピナードでは黒髪の人間は珍しい。きっとどこかの異民族の血が混じっているであろう自分を側に置くことで、シルヴィアが周囲の人間からどう思われるのかが不安だった。
城の使用人らは愛らしく懸命に働くリサを皆が好いていたが、他の者がそうとは限らない。
それで花婿候補が来る前に出ていこうとしたリサを、シルヴィアはなおも引き止めてくれた。
こんなに素敵な女性は世界中探してもいないに違いないし、互いのことを知り合えば惹かれ合わないわけがない。
まさにおとぎ話のお姫様と王子様でお似合いの2人。
頭では本当にそう思っているのに、心が大きな悲鳴を上げる。ローランの前だというのに、一旦涙が滲み出すとぽろぽろと止まらなくなってしまった。
昨夜一生分の涙を流しきったと思っていたのに、多少なりとも食事をしたせいで涙が生成されてしまったようだ。
リサの急な涙を見て、ローランも驚いたように目を見張っている。困ったように眉尻を下げて、涙で濡れた頬に手を伸ばしてきた。
「申し訳ない。泣かせるつもりは」
「いえ、すみません」
シルヴィアの恰好でこれは大失態だ。これではこの婚姻を嫌がっている風に見えてしまうのではないかとリサが慌てて涙を拭っていると。
「何をしている」
初めて出会った日の馬車で見た険しい顔以上に不機嫌そうな表情のジルベールが、リサの涙を見るや否や、彼女に伸ばされたローランの手を睨みつける。
「なにがあった」
抑揚のない低い声はジルベールの抑えきれない苛立ちを如実に示している。リサは思わず身体を竦ませるが、ローランは全く気にもとめない様子でリサに笑いかけた。
「先程の答えは、いずれまた聞かせてください」
「え、あの……」
「では、僕はこれで」
ローランは従者にしては慇懃無礼とも取れるほど恭しくリサとジルベールにお辞儀をしてみせると、その穏やかな微笑みを絶やすことなくその場を去って行った。
ローランの問いに答えられずに涙してしまい気まずくはあったものの、ここで彼が立ち去りジルベールと2人にされてしまう方がもっと困ってしまう。
リサは焦って自分もこの場を立ち去ろうとしたが、その行動を読んでいたであろうジルベールに簡単に阻まれてしまう。
「何があった?」
先程ローランに向けた同じ言葉が、幾分優しげな声音でリサに届けられる。しかしリサはその問いに答えない。
何があったわけでもない。ただローランにシルヴィアとしてジルベールをどう思うかと聞かれただけ。それに対し何も言えず、ただジルベールを想って泣いてしまっただけ。
そんなこと、目の前の彼に言えるはずがなかった。
「……なにも」
「リサ」
ゆっくりと近付いてくるジルベール。リサは俯いたままその場を動くことが出来なかった。
昨夜は闇が味方してくれたが、太陽が真上にある明るい状態で踵を返し走り出したところで、ものの数秒で捕まってしまうことは火を見るよりも明らかだった。
それに今自分はシルヴィアのドレスを身に纏っている。いくら城のみんなもジルベールも入れ替わりをわかっているとはいえ、ローランをはじめラヴァンディエからやってきた騎士達は自分をシルヴィアだと思っているのだ。粗相は出来ない。
どうやってこの場を切り抜けようかと寝不足の頭で考えていると、あっという間に目の前まで来たジルベールが人差し指の背でリサの目元を撫でる。
「……赤い」
たったそれだけの仕草で、リサの全身がジルベールに向かって抱きつきたいと訴えてくる。
それを理性で必死に抑え込み、唇を噛み締めてただ立ち尽くすしか出来ない。
「ジル……」
「俺は君を逃さない。絶対に」
意味もなく名前を呼べば、目元に触れていた指先が耳を包み込むように広げられる。その時。
「リサー! ここにいたのね!」
「あっ……」
バラ園に足を踏み入れてきたのは、メイド服姿のシルヴィア。
2人が一緒にいるところを間近で見るのは想像以上に辛く直視出来ない。
しかしそれ以上に彼女がドレス姿の自分をジルベールの前で『リサ』と呼んでしまったことに焦るが、シルヴィアは何事もなかったかのようにジルベールに膝を折る。
「ジルベール様、彼女を一旦お返し願えますか」
「……あぁ」
「ふふ、では後ほど。リサ、行くわよ」
何がなんだかわからないままシルヴィアについて行く。彼女はジルベールが入れ替わりに気付いていると知っていたのだろうか。
自分が知らない所で、シルヴィアとジルベールが秘密を共有していた。そう考えると、大恩あるシルヴィア相手に嫉妬の炎が燻りだす。
リサは慌てて自分の思考を振り払う。何を考えているのだろう。ジルベールが早々に入れ替わりに気付いてしまったことを黙っていたのは自分だ。
シルヴィアがそれを知ったことをリサに黙っていたからといって、シルヴィアを妬むなど言語道断。ブンブンと頭を左右に振っているリサを見て、シルヴィアが怪訝な顔をしていた。
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