7.愛しい人

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7.愛しい人

何が起こっているのか全く理解出来ないまま、リサは控えの間でシルヴィアがエマの手を借りながら彼女の為に誂えた真っ赤なドレスに身を包んでいくのを眺めていた。 「今回のこと、本当にありがとう。入れ替わりは今日までで大丈夫よ」 「……え?」 突然の申し出に、リサは言葉を詰まらせた。 入れ替わりはパーティーの終わる5日目までを予定していたはずだ。とはいえ、リサは今日の夜には誰にも告げずにこっそりこの城を出ていこうとしていたのだが。 今夜シルヴィアとジルベールに結婚の意思の確認があるのだと、エマが言っていたのをリサは思い出した。だとすれば、今夜入れ替わっていた事実をラヴァンディエ側に謝罪してから婚姻の話を進めるのだろう。 覚悟をしていたはずのリサだが、いざ役目が終わりなのだと本人から告げられると、頭が真っ白になってしまうほど動揺してしまう。 「ねぇリサ。いつだったか、一緒にモーリスの手伝いをしたのを覚えてる?」 着ていたメイド服を持ったエマが部屋から出ていったのを見て、シルヴィアはリサに話しかけた。 「はい。バラ園の剪定を一緒にしましたね」 急に振られた昔話に困惑しながらもなんとか頷く。懐かしい思い出に少しだけ頬が緩んだ。 つい昨夜夢で見たばかり。リサは日毎にこの世界での記憶を鮮明に取り戻していた。日本での生活を忘れたわけではないが、今はもうこの世界の住人だという意識のほうが強い。 確かあの後、土で汚れたシルヴィアに真っ青になったのはドレスを管理するランドリー係のメイドだけで、少女達を見た公爵はそれは可笑しそうに笑っていた。 その日は城に多数の他国の重鎮達が来ていたとあってすぐに着替えさせられたものの、娘が土いじりをするのを咎めるつもりはなかったらしい。 後日またモーリスを手伝いにいくのならシルヴィアにも声をかけてやってくれと、リサは公爵から声を掛けられたことを思い出した。 まだ9歳だったにも関わらず、あの頃からすでにシルヴィアは美しかった。レスピナード公爵の1人娘という肩書きに加え近隣諸国随一の美貌と謳われるだけあって、縁談は引っ切り無しに持ちかけられていた。 娘を溺愛する公爵のお眼鏡に適う相手がなかなか見つからず、その後10年近く彼女の花婿選びは難航することになったが、今日ようやくそれが終結しようとしている。 「リサが初めてだった。私に何か一緒にやってみるかと聞いてくれたのは」 シルヴィアは当時を思い出し、懐かしそうに目を細める。 「父はもちろん、この城のみんなが私を大切にしてくれたし、愛されているとわかってる。でも、公爵家の姫である私に何か『一緒にやってみますか?』と聞いてくる人はいなかった」 当然だろう。姫が煩わしくないように使用人がいるのだ。その美しい手に傷ひとつ付かないよう、着替えですら自分ですることはない。 「そんな私にリサは土仕事を一緒にやってみるかと誘ってくれた」 「すみません、何もわからぬ子供だったので」 「やだ。嬉しかったに決まってるでしょ? 一緒に住みだしてからも、しばらくリサは私に心を開いてはくれなかったけど。あの辺りからかしら? リサを近しく感じて、妹のように愛しくなっていったの」 花が綻ぶように微笑むシルヴィアに見惚れてしまう。 「あなたが城に来てから、ずっと私の側にいてくれた。本当に感謝してるわ。だからね、もうそろそろ自分の幸せを考えてもいいの」 「……え?」 「リサ、私結婚するわ」 ひゅっ、と自分の息を呑む音が耳に付く。 ―――結婚。シルヴィアが結婚すると言った。 相手は誰か聞かずとも明白だった。ラヴァンディエ王国の王子に決まっている。 「だからね、私はもう大丈夫。リサも自分のことだけを考えていいの。ふふ、出ていくなんて許さないってこの前言ったばかりなのにね。本当は結婚後も側にいてほしいのが本音だけど……そうもいかないでしょ?」 「シルヴィア様……」 彼女は気が付いているんだろうか。 城を出ていこうと考えていたことに。ジルベールに惹かれてしまっていることに。 まさか。そんな素振りは見せていないはずだった。 リサは血の気が引いていく頭で何を言ったらいいのかを必死に考えるが、結局この場に相応しい言葉が思いつかない。 そんな彼女の様子を見たシルヴィアは心配げな様子でリサの肩を抱き、しっかりと目を見合わせて子供に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。 「いい? リサは自分の気持ちに正直になればいいの。何も心配はいらないわ」 シルヴィアの意図していることはわからない。 ただ自分を心配してくれているのはわかる。長年仕えてきた主人であるシルヴィア姫がどれだけ素晴らしい女性なのか、リサは10年以上間近で見てきたのだ。 そんな彼女が結婚を決意した。これは喜ばしいことだった。例えその相手が自分の想い人だとしても。 「さぁ行きましょう。お父様達がお待ちかねよ」
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