8.おとぎ話の表と裏

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「でももし、王様が私なんかではダメだと言ったら……。それに、いずれ王様になるのなら、その、側室とか……」 「ありえない。父と母を見て王族とはいえ結婚は愛する者同士ですべきだと思っていたが、リサに出会ってその思いはさらに強固になった。反対なんかさせない」 それに、とジルベールは言葉を続ける。 「ラヴァンディエ王国には側室制度はない」 「あ……そう、なんですね」 少しだけホッとした様子のリサを見て、公妾といって公式の制度ではないが王が愛人を囲うことが珍しくないというのは、彼女は知らなくて良いことなので黙っておくことにした。自分にはそんなもの必要ない。 「リサしか欲しくない」 可愛い顔でこくんと小さく頷くリサだが、彼が言う『リサしか欲しくない』という正確な意味は伝わっていない。 それを察したジルベールは苦笑しつつ、触れるだけの口付けに耳まで真っ赤にする未来の妻が可愛くて、彼女の心と身体の準備が整うまで自制心と理性の手綱を手放さないようにしなくてはと自らを戒めた。 ジルベールは指輪のはまるリサの右手を取り、ベンチから腰を上げると彼女の前で片膝を付く。 「ジル……?」 その甲にゆっくりと唇を寄せた。 「リサ=レスピリア嬢。私の妻になって頂けますか?」 触れられた指先が震え、そこから全身に甘い痺れが広がっていく。 リサは崩れそうになる膝になんとか力を入れて立ち上がると、肩から掛けていた軍服が落ちてしまうのも厭わずに、目の前で跪くジルベールの首に自分の腕を回して抱きついた。 「私でよければ、喜んで」 まるで絵本の王子様のようなプロポーズ。 そんな場面を自分が演じているのだと思うと恥ずかしくて、逞しい肩口に顔を伏せる。 「ジル……王子様みたい」 いつかと同じセリフを言ってみれば、ジルベールも気が付いたらしく、クスッと笑いながら「正真正銘ラヴァンディエの王子だが」と聞き覚えのある答えが返ってきた。 「ふふ、あの時は本当にビックリしました」 「お互い様だな。まさか偽物だと思われていたとは」 「ごめんなさい。偽物の姫は私の方だったのに」 肩を竦めて謝るリサを片膝を付いた脚に座らせる。 密着した姿勢が恥ずかしいのか、体重を預けるのが申し訳ないのか、リサは腰を浮かそうとするが、ジルベールに回された腕がそれを許さない。 「偽物なんかじゃない」 「え?」 「この城では君は侍女かも知れない。でも俺にとって、リサはたったひとりのお姫様だ」 思いもよらない台詞に目を見開く。 (こんなの、本当に絵本のハッピーエンドみたい) ジルベールの膝に座っているせいで、彼から上目遣いに見つめられる。その視線に熱が籠もっているのがわかり、一気に身体が熱くなる。 今自分はこの世界で生きているため、『めでたしめでたし』で終わりはしない。きっとこの先、困難だってたくさんあるだろう。 でも、彼と一緒なら乗り越えていける。 リサは出会って数日のジルベールを同じ熱量で見つめ返し、そう確信していた。 ジルベールが愛してくれている。 側にいていいと言ってくれる。彼の側が、リサの居場所になる。 「リサ」 「はい」 「キス、したい? してほしい?」 片腕はリサの腰に回したまま反対の手で頬を包み、親指でぷっくりとした唇を柔らかく撫でる。 熱っぽく吐息だけで囁くように聞かれた言葉の意味を頭で理解する前に、リサは自ら目の前の唇に自分のそれを押し当てた。 初めてのリサからのキスに驚いたシルベールだが、お返しとばかりに少々強引に唇を奪い、深く口付ける。 苦しくて唇が離れた隙に大きく息を吸い込むと、柑橘系の爽やかな香りがした。油断するとすぐに涙が浮かびそうなほど幸せで、リサは施されるキスに夢中になる。 ようやく想いが通じ合った恋人たちが何度も互いの名前を呼び合いながらキスを交わすのを、夜風に揺れる篝火が照らしていた。
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