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主流派の強気
我々は染吉一家として、この時期の日本を彩ってきた。現在では、分家も日本中に広がりを見せ、日本代表の一つに数えられている。今年は天候不順でタイミングが難しかったが、ようやく我々の出番が回ってきた。
「糸一家、今年は集客がいいようですね」
「ああ、あそこはウチより早いから、去年通りの予定を立てて来たヤツらが、押しかけているらしいね」
「まぁ、目利きに関しては、ウチには敵わないでしょうがね」
「そうさな、なんといっても、ウチには200年看板張ってきた歴史があるんだ。糸一家のヒョロイ野郎なんかに、主役を渡してたまるかい!」
「アニキ、来ましたぜ!」
「じゃあ、お二人、そこに立っていただけますかぁ~」
ウエディングドレスとシルバーモーニングコートが、見つめ合うように向かい合った。三脚を立てたカメラをのぞいている人が手を挙げ、アシスタントが位置を微調整した。
「新婦様、もう少し上を向いて…ハイ!OK」
シャッターが切られた。ポーズを変えながら、次々とシャッターが切られていく。
「ありゃ、10年もたねぇな」
「マジっすか?!」
「おぅよ、男を見ろよ。目が泳いでやがらぁーな」
「なるほどぉ~。アニキ!あっちのも来ますぜ」
色打掛と黒紋付袴のカップルは足元を気にし、カメラアシスタントは色打掛の裾を持ち上げて後ろにつき、つながるように並んで歩いてきた。
「新婦様、もう少し右へ…はい、いいです!」
カメラアシスタントが赤い和傘を開いて差し出し、新婦が受け取った。
「右を向いて、右肩に傘を持って…はい、そのまま!いきまーす」
シャッターが数回切られた。
「では、新郎様…」
黒紋付袴が色打掛の左に寄り添い、何の指示もないのに肩に手を添えた。
「これは、なかなかのもんだぜ!」
「そうですかい?」
「二人とも、お互いを立てて、いい塩梅だぜ」
「そういえば、そう見えますねぇ~」
白無垢と緋色紋付が、動画を取りながら歩いてきた。男は派手な茶髪で、細面の色白だった。新婦は綿帽子に隠れて顔が見えない。
「アニキ!なんかチャラい野郎が来ましたぜ」
「まぁまぁ、見た目で判断しちゃいけねぇよ」
「へぃ…」
我々の前をカメラマンが後ずさりしながら通り過ぎ、白無垢と緋色紋付は立ち止まった。二人は向き合って両手を繋いだ。
「ハイ!OKで~す」
カメラマンが新郎新婦に声をかけた。すると、二人は楽しそうに笑いだし、同時にジャンプした。
「イェス!!!」
「あっ!それ!いただきま~す!!!もう一度お願いしますぅ」
カメラマンが言って、カメラを持ち換えた。
「こりゃ、すげぇや!」
「オレにも、わかりやすぜ、アニキ!」
「おめぇも、ちっとは見る目ができてきたようだな」
「ところで、アニキ!さっきから、あの河津一家の下に座って、こっちを見てる爺さん婆さん、何でしょうかねぇ?」
「おぉ、おめぇ、気づいたかい?」
「へい、早咲きの河津一家なんか、もう葉が生えてきてやがるし、花も散って萼だけですぜ!そんなとこで花見なんかして、楽しいんでしょうかねぇ?」
「わからねぇかい?あの老夫婦はな、あそこからオレたちを見てるんだよ」
「あー、なるほど!」
「去年もその前も、その前も…。ずっと、あそこで二人そろってオレたち染吉一家を見ているのに、気づかなかったかぃ?」
「…うーん、そういえば。そうだったかもしれねぇ」
「おめぇは若いから知らねぇか。50年前、あの老夫婦が若いころ、オレの目の前で…そうサここで、固の杯を交わしたんだぜ」
「えぇー!!!そうだったんですかい?!」
「あの頃はオレも若造だったナァ。物もない貧しい時代だったから、今みたいな派手な婚礼衣装なんかなかったし、あの二人も普段着に色がついたような着物だったぜ」
「なるほど…泣かせやがらぁナ」
「あンとき、二人はナ、オレに誓ったんだぜ『この若いソメイヨシノの木が大成するころまでも、私たちは添い遂げます』ってねぇ」
「じゃ、じゃあアニキは、あの老夫婦の媒酌人…いや媒酌木ですかぃ?!」
「おぅよ。それからサァ、オレたちの前を新郎新婦が通るようになり、今じゃ婚礼写真の撮影で大渋滞だぜ」
「へぇー!!!アニキ、すごいですねぇ~」
「すごいのはナ、オレじゃない。あの夫婦だぜ」
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