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「テンセイ…?」 「そう。こことは違う世界から来たんでしょ?私の服を珍しそうに見てたからそう思ったんだけど、違った?」 ジロジロ見ていたことに気づかれていたと、改めて意識すると恥ずかしいやら申し訳ないやらで、杏子は「ごめんなさい」と頭を下げた。 それから、今いる場所が異世界であるということを頭の中で理解しようとするが、いまいちピンとせず、まるで漫画の話を聞いているような感じがした。 「私はヴェリココ。冒険家よ」 ヴェリココと名乗った小柄な女子は、そう言って手を差し出す。握手を求められているのだと気付いた杏子は、彼女の手を握る。 自己紹介の後に握手をするのは身近な風習で、見慣れないだけでここは異世界ではないように思えた。 その時、杏子の腹が再び空腹を告げる。 (今鳴らないでよ!) 杏子は恥ずかしくなり、思わず腹を手でグッと強く押さえる。そうしたからといって空腹がしのげる訳でも、音が鳴らないようにできる訳でもないが、気休めにはなるような気がした。 「さっき、リンゴを取ろうとしてたのね」 杏子は小さく頷いた。空腹の余り、森にあるリンゴを取ろうと木登りをしようとしていたと、他人に知られるのはいい気がしなかった。 「じゃあ、ここで暮らすの?」 突飛な質問の意味を理解できず、杏子は「どういう意味?」と聞き返す。 「あ、そっか。知らないわよね。この世界の食べ物を口にすると、元の世界には戻れないの。そういう決まりなんだって」 それは逆に言えば、食べ物を口にしなければ元の世界に戻れるという意味だろうか。杏子はぼんやりと考えた。 そもそも、杏子はこの世界が異世界であるということすら現実味がなく、受け入れられずにいる。だが、食べ物を口にすれば元の世界に戻れないと言われると、何か取り返しがつかなくなりそうに思えた。 異世界なんて信じないから、と言ってリンゴを食べる勇気は、杏子にはなかった。 「私は、戻らなきゃ」 杏子は言葉を選びながら答える。〈元の世界〉とか〈異世界〉と口にするのが少し憚られる言葉は口にしなかった。真に受けて信じているのが恥ずかしく思えたのだ。 「アルバイトあるし、家だって私がいなくなったら困るし…」 家族は、杏子の収入を当てにしている。杏子が家からいなくなれば、家族は困るはずだ。 だがそれを口にして、杏子は急に虚しさを覚えた。 「じゃあ、元の世界に戻る手続きをしに行こう」 案内役を買って出たヴェリココが、お城に向かって歩き出す。 杏子も彼女の後を追ってお城へ向かったが、見えていたよりもお城は遠くに建っていた。 「大きいから近くにあるように見えるのよね」 ヴェリココの言う通り、近づけば近づくほどお城の大きさを目の当たりにし、杏子は驚いた。
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