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家族の収入は、元父親が振り込む養育費と、杏子のアルバイト代、母親の彼氏の給与だけだった。
しかし収入のほとんどはパチンコで消えてしまうため、杏子はずっと空腹に苦しんで来た。
(今、目の前にごはんがあるのに、あんな家族の為に我慢しなきゃいけないの?)
不意に、賄いを食べ損ねた理由を思い出す。アルバイト先の先輩に横取りされてしまったのだ。
臆病な杏子が、横取りされたことを店長に言えないことを知った上での陰湿な嫌がらせだった。
(未練なんてないや)
杏子はゆっくりと立ち上がり、おぼつかない足取りで長テーブルにたどり着くと、果物の盛り合わせの中からリンゴを手に取った。
思い切ってかぶりつくと、リンゴの果汁が全身に染み渡る。口いっぱいに広がる甘さに顔が自然とほころび、「美味しい」と杏子は呟いた。
「あーっ」
後ろからヴェリココの悲鳴が聞こえ、杏子は振り返る。彼女は「食べちゃったの?」と驚きを隠せないようだった。
「ごめんなさい。せっかく人を呼んできてもらったのに」
杏子はリンゴを手に持ったまま頭を下げる。ヴェリココは「それはいいんだけど…」と戸惑った様子で呟いた。
「よかったの?元の世界に戻れなくなるのに」
「戻れなくなるから食べたんです」
杏子は、不思議そうにぽかんとするヴェリココに頭を下げ、再び食事に戻る。リンゴの後はローストチキンに手を伸ばし、美味しそうだと感じるものを次々に口に運んだ。
腹がいっぱいになるまで食べ物を口に入れることができたのは、人生で初めてのことだった。
END
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