11、もちより、ぬいあわせる、未来

1/1
前へ
/58ページ
次へ

11、もちより、ぬいあわせる、未来

「ということで、これがうちのギルドのろくでなし、役立たずの用心棒ね」  笑顔でキレながら、乙女さんが赤い竜の男を指し示す。 「はいはい、それでいいよ。俺はコウヤ、遊び人のコウさんとでも呼んでくれや」 「うわー、こりゃまた古風な……今時の子たちに伝わんないぞ」 「その様子じゃ、そっちの中味も俺と大差ないだろ。ま、そんなこたどうでもいいか」  ご丁寧に、煙草盆をかたわらに置いて、ゆったりと紫煙を吐き出す姿は、形はともかくどっかの時代劇から抜け出てきたような風情だった。 「お前らで十階へ行ったと聞いた時は、耳を疑ったぜ。なるほど、参謀役を立てれば、この面子でも、なんとかなったんだな」 「……評価してくれるのは嬉しいが、結果はこのざまだ。現代知識チートやピンチの時の能力覚醒なんて、ご都合展開はなかったわけさ」 「そいつは良かった」  たん、という音共に、煙管が盆に打ち付けられ、灰になった煙草が落とされる。  新たな乾燥葉をもみほぐしつつ、男はしみじみと語った。 「そこまで創意工夫でやりくりした先に、実は成功を約束されたお話でした、なんて筋書き、興ざめもいい所だからな」 「見解の相違だな。馴染みの芸子に食わせてもらいながら、日がな一日遊び暮らしてる奴と違って、こっちは生存が掛ってんだよ!」  痛む体を無理矢理動かして、竜の男の前に進み出る。  周囲の気遣う視線を無視して、叫ぶ。 「チートで無双の何が悪い! 都合悪いことしかない世の中で、そんぐらいの奇跡を望むのは悪いことか!?」 「いいや。ただな」  煙管に詰めた葉が、じっくりと焙られる。  紫煙が再び立ち、男は満足そうに息吹を循環させ、煙をブレスのように吐き出した。 「そういうのは、もっと別の、お前らよりも力のない奴らに、取っておいてやれよと思っただけさ」 「な……なに?」 「さて、それじゃ俺は行くぜ」  煙草盆を片手に下げ、男はふらっと軒先を抜けていく。 「お、おい!?」 「そうだ。一つ、おまけしといてやる」  振り返り、竜の男は金の竜眼を細めて笑った。 「その時計、あと三回が限度だ。使い切ったら、ただの時計に戻るぞ」  それ以上の会話を打ち切るように、店の扉が鈴の音と共に、閉じた。  店の隅を占有した俺たちに、乙女さんはお茶の入ったカップを置きつつ言った。 「うちのろくでなしが、ホントごめんなさいね」 「……てんちょー、あのおっさん、ホントに役立つのぉ?」  見た目もすっかり元通りになった柑奈(かんな)が、しみじみとぼやく。 「でも、マジで強いんだぜ。オレの師匠……じゃないんだけど、戦い方教えてくれたの、あのヒトだからさ」 「塔の二十階、単独制覇者の一人。獄層探索の成功率は、あのヒトのいる、いないで変わるとさえ言われます」  しおりちゃんと紡が、あいつの実力に『折紙』をつける。  つまり、性格がどうあれ、俺たちよりもはるかに実力のある、塔探索のエキスパートというわけだ。 「乙女さん、この時計の使用回数、あいつの言った通りなんすか?」 「文城(ふみき)君からも聞き取りしてたから……とはいえアイツ、いい加減で抜けてるところあるし、信頼はしない方がいいわ」  なら、あの時計を使えるのは最低一回、最高でも三回が限度か。 「で、これからどうすんの?」  柑奈の顔が不安そうにこっちを見る。テーブルに着いた仲間たちの視線が、俺の口から吐き出される意思決定を、待っていた。  答えようとして、思い止まる。 (リタイアする場面だ。それが正しい選択だ)  プロジェクトメンバーに無茶を強いて、結果が出せなかった。これ以上のコストを突っ込めば、今度こそ無事じゃすまない。  乙女さんを通じて頼み込めば、さっきの『旗本退屈男』から、プラチケを吐き出させることも可能だろう。  でも、 (あと一歩まで行った。問題点を洗えば、行けるかもしれない)  予感がある。いや、当てのない希望的観測かもしれないが、諦めたくないという気持ちの方が、はるかに強い。  みんなの顔を見る。  柑奈(かんな)(つむぐ)は分かり切った答え。  しおりちゃんは、透徹した目で、こっちを品定めしている。  そして、文城(ふみき)は。 「い……っ」  感情と一緒に、テーブルの上に文城が何かをぶちまける。  くしゃくしゃになったチケット二枚、小さな結晶の欠片がいくらか。 「依頼、させてっ。みんなに!」  それから、思いつく限りの弁当がその脇に積み重なる。 「僕の、プラチナチケット、取るの……手伝ってくださいっ」    一同は目を丸くし、それでも笑顔で頷いた。 「そんな固く考えんなよ! こんなもんなくたって、オレは」 「おっと、紡。そういうのは駄目だ。プロとしてやるなら、ちゃんと報酬は取れよ」  俺はチケットを一枚取って、頷いた。 「承りました。これより『パッチワーク・シーカーズ』は、福山文城氏の依頼を、全力で遂行いたします」 「あたしは現物支給でいいわ。ふみっちのお腹、一週間占有権。思う存分、揉みしだきまくるから、覚悟しといてねー」 「とりあえず、これは一時預り金でいいんじゃないでしょうか。料金プランを作ってるパーティも多いですよ」  鳥の少女の言葉に頷くと、俺は思考を開始した。  まだ手は痛むが、鉛筆を握るぐらいならできる。そして、どんな遠大なプランも、方向性の決定と、問題の洗い出しから始まるものだ。 「んじゃ、まずはブレストでもすっか」 「ぶれすと? 胸当てのことか?」 「ブレインストーミングな。まあ、意見の出し合い? ルールありの」 「ルールって、どんなの?」  ここで細かい解説はしない方がいいだろう。  記録用の紙を受け取り『現行戦力でのプラチナチケット入手法』と、課題を書き記す。 「この目的を達成するためのアイデアを、どんなもんでもいいから出してくれ。思いついた奴から片っ端に」 「例えば、俺が超魔法で塔ごとぶっ壊して、って感じでもいいのか?」 「バカじゃないの。そんなのダメに」 「ほい柑奈(かんな)、それアウト。ブレストは『他人のアイデアにダメ出し禁止』なの。それがグランドルールなんだ」  俺は『(つむぐ)のギフテッドで塔を破壊して入手』、というアイデアを書き記す。 「やっていいのは『実現可能性の検討』だ。やるならどういう手順で、どういう人材、機材を導入するか。そこにかかるコスト、実際にやれるかの事実を検証する」 「それなら簡単ね。あんたの超なんとか、外壁壊せないでしょ」 「でも、内側の奴はいけるぞ? 実際、最初の頃に壊したことあるし」  なるほど、それは面白い要素だ。  メモ書きに『紡のギフテッドは内壁を破壊できる』と、別に書き出す。 「ほら、荒唐無稽なアイデアも、ちゃんと中味を吟味すると、使えそうなアイデアや事実が出てくるんだ」 『おおー』 「さすがに、毎回こんなうまくいくわけじゃないから、難しいんだけどな」 「ですが、紡さんの力は被害が大きすぎます。ご本人も無事では済みません」  そこで全員、腕組みして考える。 「ダメ出し禁止は分かったけど、明らかにダメな場合もあるじゃない。その時は?」 「提案そのものを否定するんじゃなく、発生する問題について質問したり、解決策を提案するんだよ。マウント合戦の防止が、このルールの肝だからな」 「あ、あの……しおりちゃんの竹、『マスターウィザード』の攻撃、防げてたよね? もしかして、紡君のも、できないかな」  文城(ふみき)の言葉を拾い上げ、書き記す。あの場で結構、冷静に見てたんだな。俺なんて言われるまで忘れてた。 「『硬装竹』の強度はそうですが、紡さんの力と熱に耐えきれるかは」 「じゃあ、ゴミ焼却の時に試そうぜ。あそこなら、いくらやっても怒られないし」 「課題その一、しおりちゃんの竹の強度の検証だな。終わったら報告よろしく」  情報を整理し、まとめていくうちに、現実的な可能性が現れていく。  半端なきれはしでも、縫い合わせれば一枚の布になるように。  うまく行くかは分からないが、俺たちに手の届きそうな未来が、形になっていく。 『そういうのは、もっと別の、お前らよりも力のない奴らに、取っておいてやれよと思っただけさ』  まったく、言い方が回りくどいんだよ。そんなんじゃ、今時の若い奴は誰もついてこないんだからな?  その日一日、俺たちひたすらアイデアを出し、検討し、必要な行動を書き出し続けた。    そして、決行の日は、やってきた。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加