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4、なかまをもとめて
文城が泣き止んで、事情を説明し始めるのに、ちょっと時間がかかった。
店は閉店され、心配そうな顔で仕事を上がるウェイターの子たちと、騒ぎを察して扉の隙間からこちらを覗く、ばつの悪そうな視線。
そんな顔するぐらいなら、妬んでいじめなんてするんじゃねえよ。
「全部、取られたのね」
乙女さんの問いかけに、文城はぼろっと涙をこぼし、しゃくりあげながら頷いた。
「おまえ、みたいな、くいものだすだけの、デブ、わけまえ、はらうかち、ないって」
「んだその言い草ァ! 食い物粗末にすると罰が当たっぞ!? どういう教育受けたんだそいつは!」
「それにしても、ずいぶん思い切ったわね……この後の評判も気にする必要が無い、ってわけか」
文城を囮や肉壁に使いつつ、そいつは楽々とダンジョンの階層を昇って行ったそうだ。
引率屋としての腕もあり、手下も付けていたから、道中はある意味、安全だった。
だが、十階を踏破し終えたところで、奴は言った。
「もう、したの街に、用はないって。『ベース』にはいる、チケットが、ちょうど溜まるから……だから……」
「すみません、乙女さん、ベースって?」
「この街にそびえる『塔』の上に、花弁があるのは知ってるわね?」
「時々落ちてくるって、あれですよね。それがなにか?」
乙女さんは、ボロボロになったパンフを取り出してきて、街の全景を指し示した。
「あれも一つのダンジョンなの。というか、二十階までの『塔』は、いわば練習ステージみたいなもの。本題は二十一階から上、四つの『獄層』なのよ」
「うすうす、そんなことじゃないかと思ってたけど、そっかぁ」
『塔』の二十一階には、有力ギルドの用意した攻略用『ベース』があり、そこに入ることはある種の特権を得る事と同じらしい。
「崩落を待たず、四つの『獄層』にアクセスできることが、どれだけの価値を生むかって話よ。それに、あの花弁の更に先、頂に至る者はあらゆる願いが叶うなんて話もあるわ」
「もしかして、プラチケが大量にいるのって、更新問題の解決?」
「トップクラスの冒険者を、いちいち下に降ろして更新、なんてやってられないから。三年分くらいの更新料と『ベース』の維持費で、プラチケ百枚くらいとか聞いたわ」
そして、一度『天上の住人』になってしまえば、下の連中から維持費を吸い上げ、ひたすら頂上を目指す日々を過ごせる。
なるほど、荒事が得意な連中なら、真っ先に入りたいルートだろうな。
「その『ローンレンジャー』ってクソの集団、ギルドの本部は?」
「『ベース』よ。独立独歩のヒトたちが創った、頂を目指す、戦闘特化のギルド」
つまり、連中の親玉に落とし前付けさせたかったら、二十階を軽々潜り抜ける実力がないと無理ってことだ。
下にいるチンピラに言っても、何の意味もない。
「クソが! 何が『孤高のヒト』だっつの! 手口が巧妙なだけのヤー公じゃねえか!」
「マスターの佐川君は、悪い子じゃないんだけど……良くも悪くも、癖が強いから」
ひとしきり吐き出してしまうと、後は虚しさしかなかった。
泣き止んだ文城は、声もなくうつむいたままだ。
「で、どうします?」
「手が無いこともない、んだけどねぇ……」
口をへの字にまげて、いかにも忌々しい、という顔で乙女さんはうめいた。
「あの宿六、いて欲しい時に、いたためしがないんだから……!」
「誰ですか、それ」
「うちの用心棒。いくらわたしでも、善意と無抵抗主義で切り抜けられるとは、思ってないから」
「今から探せば」
「月の初めに、単独で獄層攻略に入っちゃった人を?」
なんか、ものすごい話が出て来たな。それだけ強い奴なら、ベースでふんぞり返ってる馬鹿どもを、時代劇みたいにぶっ飛ばせそうだ。
とはいえ、いない人を当てにしてもどうにもならない。
「文城、最終更新日は?」
「……あと、十日後、だよ」
「マージン取ってたか、上出来だ。締め切りギリギリになって泣きつく奴、多いからな。それができるだけでも偉いぞ、お前」
「乙女さんに、言われたから」
おお、マジで乙女さん有能。この人、ママみが強すぎるぞ。
とはいえ、その大慈大悲な菩薩様の深慮も、どっかのドチンピラのせいで、台無しなんだがな。クソが。
「……その用心棒さん以外に、このギルドで攻略に入れそうなのは?」
「こ、孝人?」
「いないわけ、でもないんだけど」
その時、まるでタイミングを計ったように、店の扉がノックされた。
乙女さんが何か言うよりも先に、入り込んでくる二つの影。
「こんちわー。どしたのてんちょー、営業時間内なのに閉めちゃって」
「こんにちは。ご注文の薬草をお持ちしました」
片方はいかにもメイドカフェの店員という姿。サイドテールを結った人間の女の子。
もう片方は、赤褐色の羽が特徴的な、鳥の模造人。
「って、ふみっち! その恰好!?」
ずかずかと近づくメイドの子と、その圧力にたじろぐ文城。
そのまま、メイドがぐわっと、ネコの腹に抱き着いて、ぐりんぐりんと頭をこすりつけ始めた。
「どこのどいつよ! あたしの、かわいいかわいいふみっちを、こんなズタボロにしたゴミカスはぁ! 見つけだして、脳天ぶちまきパラダイスなんだから!」
「うあああっ、やめ、やめてカンナちゃん、痛いから、冷たいからぁっ!」
冷たい? と思う間もなく、俺の目の前で答えが姿を現す。
人間に見えていたのが、あっという間に青黒い金属質の肌に変わっていく。サイドポニーかと思っていたのは、頭部装甲についた金属の飾り。
メイドから鋼鉄のロボ娘へ。やっぱり、この世界にまともな人間はいないようだ。
「で、店長。あたしは誰を殺せばいい? すぐにハジいてくるから」
「落ち着いて柑奈ちゃん。新人さんがビックリしてるわ」
そこでようやく、ロボ娘はエメラルドのカメラアイをこちらに合わせた。
「……ネズミかあ。悪くはないけど、やせ過ぎ? あと二十キロぐらい肥えてね」
「いきなりご挨拶だな。いわゆるデブ専?」
「違うわよ。触り心地と見た目が好きなだけ。ぬいぐるみみたいで」
なるほど、わかった。コイツ、欲望に忠実なバカだ。
などと思っている間に、ロボ娘は人間のメイドに擬態していた。
「あたしは神崎柑奈、この店のトップメイドでトップアイドルよ。以後お見知りおきを、ご主人様」
自己紹介を終えて、傍若無人に文城をまさぐり続ける姿を横目に、今度は鳥の人が軽くお辞儀をした。
「はじめまして、私は美雪栞、しおりって呼んでください。貴方のお名前を、お伺いしてもよろしいですか?」
「小倉孝人、よろしく」
鳥の模造人は、手の代わりに翼の一部を使う。差し出された部分は、不思議な握り心地で、暖かかった。
「で、この二人が、うちのギルドで多少なりとも、ダンジョンを経験してるメンバーよ」
「柑奈はいいとして、しおりちゃんの方は、大丈夫なのか?」
「あたしは呼び捨てか。愛を込めて、カンナ様と呼びなさいよ」
しおりちゃんはにっこりと笑い、腰のポーチから銀色の羽かざりを取り出した。
それを軽く振ると、
「育め、『緑の親指』」
手にした金属の羽根型から、しゅるっと蔓が飛び出し、虚空を軽く薙いだ。
「ま……魔法使い!? マジかよ!」
そう言えば、首の周りにマフラーみたいのも巻いてるし、頭には小さな三角帽子。
翼のラインもマントみたいで、ちっちゃな魔法使いだ。
「ごめんなさい。これは私の『ギフテッド』、正式な魔法じゃないんです」
「いや、それはそれでズルくない? 俺なんて鉛筆出すだけだよ?」
「え、やだ。鉛筆だけ? それってザコ過ぎ、ざーこざーこ」
「うるさいよメスガキメイド! 間接に差し込んで身動き取れなくスッゾコラ!」
ロボ娘と疑似的な魔法を使う模造人。メンバーとしてはどうか分からないが、少なくとも希望は見えてきた気がする。
「急な話で申し訳ないんだけど、二人とも協力してくれないか?」
「なんとなくわかった、ふみっちの更新ね。あたしはOK、しおりは?」
「私でよければ、微力ですけど」
そこまで話をまとめたところで、俺は文城に向き直った。
「というわけで、後はお前の意思次第だ。俺たちで、十階まで行かないか」
「……でも、僕は、ただお弁当出すだけで、役立たずの」
「俺を助けてくれたろ。命の恩人だ、お前は」
ネコは顔を上げて、それから首を振った。
「僕はなにもしてない。偶然、君を見つけて、ここに連れて来ただけで」
「あのままだったら、どっかのクズに騙されて、とんでもない目に合ってたかもしれないんだ。お前に見つけてもらえて、本当に良かったよ」
そう言っても、まだ表情は変わらない。それなら。
「別にお前にだけ、いい話ってわけでもないぞ。俺もいずれプラチケが要るんだ。だったら、ここで取っちまえば、この後楽ができる」
「孝人……」
「俺がチケットを取るのに、協力してくれ。頼むよ」
差し出した片手を、大きな手が握ってくる。
また一粒、ネコの目から涙がこぼれたけど、それは嬉しい方の奴だった。
「分かったわ。わたしも精いっぱい、協力させてもらうわね。お店で出せそうなものがあったら、持たせてあげるから」
「すみません、乙女さん」
「ちょっと待った。さすがに人数、足りな過ぎじゃない?」
意外に冷静な柑奈は、場にいる面子を指さした。
「あたし、ふみっち、しおりにネズミ、四人じゃ無理感あるわ」
「……ダンジョンの最低攻略人数は、効率や報酬の面で、五人とされています。私も、あと一人は必要かと思います」
「それなら、あの子も誘ってみたら?」
乙女さんの提案に、全員頭に『?』を浮かべる。
彼女は外を指さして、笑った。
「今日はたぶん、東の廃棄処理場に居ると思うから、声をかけてあげて」
「廃棄処理場って……まさかアイツ!?」
「きっと喜ぶわ。だから、ね?」
露骨に嫌そうな顔をする柑奈に、嫌な予感が胸をよぎる。
とはいえ乙女さんの推薦だし、とりあえずだ。
「んじゃ、ちょっと行ってみるか」
「なにアンタが仕切ってんのよ。リーダー気取りパラダイスか」
「お前の頭よりパラダイスじゃねーよ。ほら行くぞ」
メカメイドからぐちぐち文句を言われながら、店を後にする。
すでに日は陰り、そろそろ夜の時間だ。
大通りを抜けて再び、荒れ果てた東の果てに来ると、とんでもない光景が現れた。
どんっ、というような、強烈な破裂音。
彼方の土が吹き上がって、爆炎が火柱になって膨れ上がる。明らかに天変地異に近い炎は、距離を取っているはずのこっちにも、熱の波が押し寄せるほどだった。
「な……なに!?」
たじろぐ俺をしり目に、メイド姿の柑奈は火の手の上がった辺りに近づいていく。
そこには、立ち昇る火柱を眺める、一人の模造人。
「おーい、バカイヌー。どうせ暇でしょー。あたしらと一緒に、ダンジョンハック行く気ない?」
「バカイヌ言うなクソメイド。オレは狼だ、間違えんな。それはともかく、ダンジョンハックときたか」
上半身裸の白の毛皮。鋭いマズルに笑みを浮かべて、そいつは振り返った。
「いいぜ。この超絶最高カッコいい狼獣人、聖竜天狼騎士ブランが、力を貸してやる!」
このとき俺は、はっきりと理解した。
新たなバカが参戦したと。
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