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闇市より
「さすがはご尊老、お目が高いっ」
擦り尽くされた商売文句がボロ部屋にこだました。
店主の小男は、大根役者でもやらないような、わざとらしく手を揉む仕草で続ける。
「今日日、こういった品はなかなか手に入らないんです。どれも供養だなんだって、すぐ集められちゃいますからね。その点、こちらは手前のツテで譲っていただいたもので……きちんと、“曰く”も付いておりますよ」
さて、「ご尊老」とゴマをすられた眉雪当人はというと、この類いの謳い文句に靡くような佇まいではない。
怖いもの見たさの青二歳や名ばかりの好事家などとは一線を画す、鋭い眼光を有していた。
辺鄙で、いかにもな薄暗い路地を出たすぐそばには、使用人とも用心棒ともつかないような屈強な男を二人連れている。
れっきとした、筋金入りの蒐集家だ。
そんな眉雪の両の眼に止まったのは、一体のビスクドール。
一口にビスクドールといっても時代の波が故か、この人形は一般的、伝統的なフレンチドールよりも線が細く、小さな顔の造りに至るまで現代風だ。
纏うドレスも、真紅のサテンをベースに、ジャガードやリジットレースがあしらわれており実に麗しい。
だが彼にとって最も魅力的に映ったのは、店主の言うところの“曰く”であった。
この人形に埋め込まれた硝子の瞳は微動だにすることはないが、眉雪はどうしてもそれを直視することができない。主の意に反し、視覚野はそれを収めることを頑なに是としなかった。
骨董品や奇物——それこそ曰く付きの品をも長年追い求め、蒐集してきた彼の人生の中でも、これは初めての体験だった。
虚ろで妖艶、それでいてしかと生への執念までをも感じさせるこの瞳にこそ、心躍らされるものがあった。
眉雪は得心する。
これぞ紛れもなく、呪いの人形であると。
「店主、このビスクドールを。言い値で構わない」
「これはこれは驚いた。随分と羽振りがよろしいことで。では早速お取引……と言いたいところですが、その前にご尊老。これだけはお伝えしなければなりません」
小男は含蓄のある笑みを浮かべ、こう続けた。
「例え何が起こったとしても、手前は一切、責任を取りませんからね」
「ちょっとおじいちゃん、何買ってきたの……?」
帰ってきた祖父を出迎えた真耶は、祖父が持っていたケースを見るや否や、たちまち青ざめた。
これまでもかなりの数の珍品を買い付けて帰ってきた祖父だったが、今回の品物はあからさまに異様なオーラを惜しげもなく放っている。
彼女の祖父はその類いのものに対して全くの鈍感というわけではない。にも関わらず、何故こんな代物を買ってきたのか。
さすがの真耶も、今回ばかりは言及せずにはいられなかった。
「おお、やっぱり真耶が言うほどか。いやはや、分かってはいたが抗えん魅力があってな」
「何が入ってるのかは知らないけど、絶対良くないものだよそれ。どうせ返してきてって言っても聞かないだろうから、飾りたいならせめてお祓いしてよね」
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