試行錯誤

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試行錯誤

 前回の失敗は男の心を引っ掻き、長い爪痕を残した。昨日、一昨日の話ではないにも関わらず、まだ癒えない。  幸い、相当な金額に替えることはできたので、それを元手に真打の制作を決意する。  故に彼は懲りることなく作業台に齧り付き、陶器の顔と樹脂粘土の身体を弄り倒していた。  次の素体には呪力を動力源とする機器でも積んでみよう。ついでにスピーカーも付けて喋れるよう……などと考えながら。  彼の見立てでは、あの素体自体には問題は見当たらなかった。となると原因は、肝要な呪力を注ぎ損なったか、力の込め方を誤ったことになる。すなわち、己の力量不足に他ならない。  確かな手応えは感じたのでどうか後者であってほしいと願うが、どちらであってもドングリであることに変わりはない。  人間を呪う方法はいくらでも存在する。程度に差こそあれ、古来より世界各地で行われてきた。  ここ日本で呪いといえば、やはり「丑の刻参り」が代表的だろう。  白装束を身に纏い、三本の蝋燭を立てた五徳を頭に被り、藁人形に五寸釘を打ち込む。それを七日間欠かさず行うことで、ようやく呪いが結ばれる。  この形式は江戸時代で既に完成されており、以降、現代に至るまで大きな変化が起こることはなく、脈々と語り継がれているものだ。  しかし変わらないのは呪いの形式だけではなく、人の業もまた同じ。  現代においても他人を呪おうとする者は一定数存在し、時にそれは依頼という形で専門家の元に届くことがある。  半年ほど前のある日。  現代の呪詛師、桑原(くわばら) (おん)は「丑の刻参り」の依頼を受けた。かなりの大枚を叩いているところを見るに、恨みつらみは相当な様子だった。  ——悪いけど、それなら他所を当たってくれないか。  ——報酬が不満ですか? それなら前金をもう少し積みましょう。これでどうです?  ——いや、出してくれるのはありがたいけど、お金の問題じゃない。呪いってものは十把一絡げにされがちだけど、方法は色々ある。その中でも「丑の刻参り」は面倒なんだ。  ——め、面倒……?  ——だって、考えてごらんよ。この時代、連日夜中に釘打ちなんかしてたら誰かにバレちゃうでしょ。御百度参りですら怪しい。そしたら即SNSで拡散だ。呪いじゃなくて祭りになってしまう。俺から言わせてもらえば、制御が効かない分SNSの方がよっぽど怖いね。  結局、その依頼主は他の人間を当たると言って出て行った。  桑原は袖を掴むような真似こそしなかったものの、後々、逃すには惜しい鯛であったことに気が付き、少し項垂れた。  それからしばらく、桑原は時代に沿った呪いのスタイルを模索した。  呪詛師は慈善団体ではなくビジネスマン。一般的な企業や法人よりも面倒やちょっとした損はあるが、彼も税金、年金その他をきちんと納めている個人事業主だ。  呪詛師が十人いたとしても、全員が山に篭って奇声を上げたり、アウトローやアンダーグラウンドと関わりがあるわけではない。  さておき。だからこそ、古くから伝わる手法ばかりにこだわっていては、いずれ廃れてしまう。  繰り返すが、呪詛もビジネス。であれば、顧客層やニーズを的確に把握し、新たな商品を作る必要も生まれるというもの。  より簡単で、低リスク。それでいて確実な効力を発揮させられる呪い。簡単と言っても、誰彼構わず使えてしまっては危険だし、何より商売にもならない。  あれやこれやと紆余曲折を経て思い至ったのが、ある意味では原点回帰とも言える呪いの人形であった。  コネチカット州の博物館に収蔵されている“あの人形”に代表されるような、あからさまに恐怖を煽るような造形ではなく、こちらも現代的で、言われなければ疑いすら向けられない、可愛らしい姿形が望ましい。  桑原はこれを「亜梨須(アリス)計画」と名付け、次世代の呪いの人形の作成に取りかかった。  ——が、見事に失敗。  自らに呪詛返しを施してから亜梨須を動けるようにしても、何も起こらない。  ならばと恐る恐る呪詛返しを解いてみても、何も変わらない。  結果的に桑原は、えらく手の込んだ、ただの球体関節人形を作り上げただけだった。  素体——特に顔の造形に関しては、惜しみない自画自賛をしたくなるほど満足のいく出来だった分、ショックも重くのしかかった。  それから二日間は、足を洗って人形職人に転業しようかと本気で悩んだ。  なまじ出来の良いものが作れてしまった上に本業の呪いで失敗したなど、全く滑稽であった。  問題はそれだけではない。  ガワにこだわり過ぎた為に材料費は予算を軽く飛び越え、経費の一部を抉り取っていた。自分一人だからどうにかなるものの、仮に一介のサラリーマンだったとしたら、とんだ大目玉である。  この人形がもたらした唯一にして最大の呪いだった。  そんな亜梨須だが、コレクションとして飾っておくにも、金がない。  桑原は悩みに悩み抜いた末に、断腸の思いで亜梨須をアンダーグラウンドに流した。  実態はただの人形だが、呪詛師が直々に呪いを込めた人形だ。保証書があってもおかしくはない。  目論見通り、亜梨須には「曰く付き」のタグがつけられ、それなりの額となった。
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