19人が本棚に入れています
本棚に追加
呪いの人形
それからちょうど一週間が経った夜。
どういうわけか、桑原の仕事場兼作業場の一角に、質に入れたはずの亜梨須が鎮座していた。
彼は両目を大きく見開く。確かにここ数週間、あの顔を見続けてきた。集中力もそれなりに使うのでいくらか疲労も溜まっている。それでもさすがに、見間違えることはない。ましてや夢だの幻だのを見ているわけでもない。
好奇心のままに立ち上がり、ふらふらと近付くと何の躊躇いもなく持ち上げる。自分で作ったのだから、真贋の識別など造作もない。
それは間違いなく、亜梨須そのものであった。
桑原の胸は欣喜雀躍の如く高鳴り、感情のままに喜びを発露した。
「これこそまさしく、呪いの人形じゃないか!!」
ところで、気になる。
この亜梨須は果たしてどこまで流れ、どのようにして帰ってきたのか。これらを突き止めることができれば、当初の計画と路線が異なる点を除けば、新たなビジネスとして確立させることが可能かもしれない。
桑原はさして商魂逞しい人間ではなかったが、今回に限っては怪我の功名と言わんばかりに滾っていた。
さて、そうと決まれば兵は拙速を尊ぶ。彼は、先日亜梨須を売り渡したブローカーに連絡を取った。
「ええ、覚えていますとも。実に美麗な品でしたからね。翌日には買い手様がつきまして、大層お気に召したご様子でしたよ」
「その買い手様ってのを教えてもらうことはできないかな」
桑原の言い分に、店主の小男は芝居がかった訝りを見せた。
ブローカーもれっきとした商売人だ。取引先の相手同士での小競り合いなどまっぴらだろう。
それはそれとして。万が一、店主がこのナリに似合わず常識を振り翳してこようものなら、世も末である。
「さすがにできませんねぇ。手前としては貴重なご新規様ですから。そうでなくとも昨今、コンプライアンスが云々とうるさいでしょう? 時代は変わったんです。商い人として、手前はいつまでも過去の亡霊ではいられません」
ノストラダムスが舌を巻いて帰っていった。予言を広める必要もないようだ。
桑原が言えた義理ではないが、「曰く付き」の品物を売り捌いている人間が、冗談でもコンプライアンスを口にするなど、荒唐に過ぎる。
「はぁ、あんたみたいなのでもコンプライアンスを気にするのか。生きにくい時代だな。じゃあその情報を買わせてくれよ」
桑原は提げていたケースから亜梨須を取り出す。他でもない、帰ってきた亜梨須だ。
小男の表情は一転、落ち窪んだ目を爛々と輝かせた。
「なんですかもう、そういうお話ならもっと早く仰ってくださいよ」
一説によると、アンゴルモアの大王はあの日、呆れ果てて顎が外れた為に整形外科へ行ったらしい。
お陰様で人類は今日も元気に、衰退へ向かって繁栄している。
亜梨須はまた帰ってくるだろう。それを確かめる為にもう一度手放したわけだが、桑原には得も言われぬ確信があった。
彼の思惑通りに上手く運べば、元手を取り戻すどころか錬金術になる。
それはそうと、最初に亜梨須を買った人間はどうやら只者ではなかったようだ。
店主に言わせてみれば、「知識と品格を兼ね備えたご尊老」とのこと。これを基に、ぼんやりと人物像を想像してみる。
真っ先に思い浮かんだのは蒐集家。次点で同業者であった。となると、いずれにしても直に接触するのは得策ではない。
何しろ、大枚叩いたコレクションがたったの一週間で消えてしまった——だけならまだしも、あまつさえ製作者の手に戻ってきているのだから、どう考えても体裁が悪い。
今は、亜梨須と己の呪いを信じて待つことしかできなかった。
最初のコメントを投稿しよう!