暗がりと花札と

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暗がりと花札と

 ある日突然、所有している人形が消えたとして。  大半の人間は黙々と探すか、身近な誰かに行方を尋ねることだろう。窃盗でもない限り、第三者が目を皿にする必要もない。  だが、消えた原因が超常的で、非科学的なものに由来するのであれば、その真実を究明しようとする者たちが存在する。  深夜。都内の高級住宅街。  豪奢な和風邸宅の敷地を囲う瓦葺きの塀の外側で、彷徨う影が一つ。  大河は邸宅の鬼門に立つと、右手に握っていた花札を、束のまま頭上目掛けて盛大にばら撒いた。  カラカラ、パタパタと音を立て、アスファルトの上に札が落ちる。  札が静かになると、銀朱の面、つまり絵柄は全て不自然なまでに伏せられた状態で落ちており、一枚残らず背を向けていた。  結果を見た大河は指を擦る。  ——ふむ。霊障の痕跡あり、か。人形となると、霊魂か呪術かの判別もしなければならないが……これはどちらだろうか。  二日前、真っ赤な人形が歩いているところを目撃した、という主旨の投稿がSNSで数件上がった。  インターネットの黎明期でならまだ相手にされたかもしれないこの投稿は、大した反応もなく、飽和する虚偽の一部と成り果てた——ことにされた。  何故、情報操作までしたのか。理由はただ一つ。真実の可能性があったからだ。  そして今、大河の足元に散らばる四十八の伏せられた札は、それを裏付ける確たる証拠となった。  先ほど彼が見た荘厳な門戸の脇には、漆で「土倉(つちくら)」と記された表札がかかっていた。  加えて、目立たない場所に、数社の警備会社のロゴシールも貼られていた。目立たなければ意味も薄れるはずだが、頑とした雰囲気を害わない為の意図があるのだろう。  事前の調べによれば、土倉 猛範(たけのり)は一代で財を築き上げ、今では資本家として業界で名を轟かせている腕利きとのこと。  そんな彼の趣味は骨董品蒐集らしい。その筋でもかなりの影響力がある様子。  大河はずば抜けた推理力を有しているわけではないが、それでも豊富な経験とほんの僅かな思考で、事件の輪郭を組み上げることができた。  となると、目下問題は、その人形がどこへ消えたのか。何が目的なのか。  現状ではこれらを推測することは困難を極める。  唯一分かることがあるとすれば、十中八九、碌でもないことをしでかそうとしていることだけだ。  「あのー、お兄さん。ちょっといいかな」  指を擦るのをやめ、散らかった花札を片付けようとした、その時だった。  深夜三時過ぎ。成人男性が高級住宅街にぽつんと一人。足元には何かが散らばっている。  こういう人間に声をかけるのも、彼らの仕事の一環だ。仮に大河が彼らの立場だとしても、同じ判断を下すだろう。  「こんな時間に何してるの?」  ——あぁ、これはまた……面倒なことになった。
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