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紅后
霊魂や妖怪、悪魔にも階級が存在する。昨今の人間が謳っている格差問題など比較にならない明確な区分だ。それらは概して個々が持ち得る純粋な力によって決められる。
とりわけ、人を恨み、人を呪い、人を殺す為に生まれた、或いは生み出されたものは、時として手が付けられないほど強力な呪霊となる。
それは常に赤い人形に取り憑き、人の手からまた次の人の手へと移る度に、持ち主に不幸をもたらした。
怪我や病気で済めばまだ御の字。込み上げる怨念と、衝き動かすほどの殺意によって殺される場合がほとんどであった。
姿形、振る舞いをして“紅后”。所以は誰も知らないが、人間はおろか同族である他の霊魂をも手にかけることから、恐怖の対象として見られている。
道すがら、土倉からこの話を聞いた大河は、力任せに自分の仕事の邪魔をした彼女の真意をようやく知るところとなった。
それは同時に、あの人形は彼が想定していた以上の呪霊であることを裏付けた。
大河は隣を走る土倉に訊ねる。
「着いてくるな」と言って大人しく従う性格ではないことは薄々分かっていた。
「君は何故そんなことを知っているんだ?」
「その……霊感が強くて……。少しだけ調べてみたんです。大河さんはこういうの笑う人ではないですよね?」
「危険だとは思わなかったのか?」
「分かってましたけど……でも、ほっとくわけにもいかないじゃないですか」
土倉の口振りから、好奇心や驕りは感じられない。偶然にも大河と遭遇したから良いものの、そうでなくとも本当に一人でどうにかするつもりだったようだ。
お世辞にも褒められたものではないが、彼女の霊感や行動力、精神力に至るまで、目を見張るものがある。
とはいえやはり、餅は餅屋で買うべきなのだ。
「そうだな……。じゃあ君の霊感を買って、一つ訊ねたい。その紅后とかいう呪霊の狙いは何だか分かるか?」
祓うにせよ封ずるにせよ、その霊魂が何を望んでいるのか、何が目的なのかを知ることは相対する上で大きく有利に働く。
しかし大河は霊感を微塵も備えていない為、そういった一次情報を得ることがなかなか難しい。
「ごめんなさい、詳しくは分かりません。でも手がかりになりそうなことなら」
「ああ、構わない。教えてくれるか」
数日前。
土倉の祖父、猛範はまたしてもどこからか骨董品を買い付けて帰ってきた。赤いドレスを着せられた“見た目だけは”綺麗な人形。
彼女の目にかかれば、その人形に何かが宿っていることは瞭然だったが、それ自体はさほど危険なものではないことも窺い知れたので、土倉は警戒しつつも静観することを選んだ。
しかし、意外な形で杞憂に終わることはなく。
その翌日、どこからともなく赤い着物姿の人形が現れると、家の人間ではなく、猛範が買い付けたばかりのドレスの人形に襲いかかった。
猛範の書斎で繰り広げられた呪力の応酬は、彼女に吐き気を催させるほどだった。
「今こうして話してて思ったんですけど、紅后ってドレスの人形そのものを狙った可能性ってありませんか?」
「なるほど。俺が見た時も、やつの着物は結構なボロだったな。憑代の更新が目的か……。となると、ドレスの方の行方も気になるな。ありがとう。貴重な情報だ」
大河は首を傾げる。
はて。五分近くもアスファルトを蹴らなければならないほど、紅后の脚は速かっただろうか。
彼の視界に収まっていた時、あれは外八文字歩きをしていた。
土倉との遭遇というイレギュラーは発生したものの、それを続けているのなら、五分どころか五秒も走れば追い付くはずだ。
そもそも、まだ目の届く距離にいただろう。
大河は徐に立ち止まり、ポケットをまさぐった。取り出したのはペンデュラム。
それをじゃらりと垂らしながら、土倉へ訊ねる。
「なぁ、もう一ついいかな。君は今、近くにあいつの気配を感じるか?」
彼女は即答はせず、息を切らしながら固く目を閉じた。
僅かな沈黙の後、肩がぴくりと動く。
「い、いません。ここからもう少し進んだところで、ぱったりと痕跡が消えてます。これを追ってたのに……!」
「ふむ。巻かれたか。今の居場所は的確に分かるかな」
「さすがにすぐには……む、無理です」
「分かった。大丈夫だ、気を落とす必要はない。俺はこれでも一応、プロだからな」
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