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第五話 秘密
じいさんが死んでから二カ月後のこと。
かたたん、かたたん……電車に揺られながら、俺はとある場所へと向かっている。
手にはあの、空色の手紙を握りしめて。
俺は不登校になっていた学校をやめ、桜花高等学校へ編入することにした。
俺は彼らよりひとつ上になるけれど、一年学校へ行かなかったから、彼らと同じ学年に編入することになっている。
こっちでひとり暮らしをすることに、両親は反対もしなかった。
ひとり暮らしの費用は全部、じいさんの遺産で賄われるから文句も言わなかった。
たぶん、父さんからしたら、いい厄介払いになったと思う。
あの人はずっと俺のことを嫌っていたから。
俺も、これでよかったと思っている。
だって誰にもわからないから。
じいさんが本当は俺と同じ世界で生きていた若者だってこと。
それは俺とじいさんの、ふたりだけの秘密だから。
見慣れた風景が流れ去り、新しい世界の景色へと移り変わっていく。
じいさんが過去へと飛ばされてしまうまで、タイムリミットはあと二年。
どうしてそんなことが起こってしまったのか、正直じいさんにもわかっていないらしい。
でも、もしもそれがわかったら……じいさんが過去へ行く未来を変えられるかもしれない。そうなれば、荒波のような彼の人生を、もっと穏やかなものにしてやれるのではないか――そんなことをあの日以来、俺は考えるようになった。
彼が俺の未来を変えようとしてくれたように――
だけど、これは俺だけの秘密だ。
電車が目的地に到着する。
俺は手紙をズボンのポケットに突っ込むと、ボストンバックを片手に電車を降りる。
無人駅の改札口を抜けて、駅の外へ出て、空を見上げる。
空には大きな太陽。
その光のまぶしさに目を細めたときだった。
「あれ? おまえ……あのときの!」
弾けるような元気な声が聞こえて、俺はそっちに目を向けた。
白いワイシャツ姿の男子高生がひとり自転車に乗ったまま、じっと俺を見ていた。
「奇遇だね」
「ほんとだな」
彼は感心するように言った。それから俺が手にしているボストンバックに目を止めると、おや?という顔をした。
「桜花高校に転入した」
「そっか」
彼はにっこりと笑った。
俺も笑い返した。
「乗れよ。家まで送ってってやるから」
俺は彼の自転車のかごにボストンバックを積むと、荷台に跨った。
「そう言えば、名前、聞いてなかったな」
「宇津木……光輝」
「え? まじか!? 俺も宇津木! 宇津木伊織! すっげえ偶然!」
俺にとっては偶然でも何でもないことが、今の彼にとっては偶然なのだ。
素直に驚く彼に、俺はいつ、この真実を話すことになるのだろう。
「これからよろしくな、伊織」
「ああ、よろしくな、光輝」
平坦な田んぼ道。
その真ん中をシャカシャカ音を立てながら、自転車は進んでいく。
心地の良い風が髪を攫い、頬を撫でていく。
青い空を鳥が駆け、白い雲がゆったりと流れていくのを眺めたあと、俺はゆっくりと目を閉じた。
(END)
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