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「僕は、春が好きだな。だって、花がいっぱい咲いて、虫や鳥がいっぱい集まって、カラフルで素敵じゃない?」
毎年、暖かくなると、ご主人と私は2人で花畑へピクニックに出掛けた。そして毎年、ご主人はこのセリフを繰り返していた。
私が、
「ご主人、去年も、その前の年も、同じことを仰っていましたね。」
と指摘すると、
「そうかもね……多分、来年も、再来年も、同じことを言うよ。」
と、遠い目をして言った。
そして、ご主人は、1つ、大きなくしゃみをした。
鼻をすすりながら、
「まあ、この花粉には悩まされるけどね。」
とぼやいた。
ご主人は花粉症というやつらしく、野原を歩きながら、いつも鼻と眼を赤くしていた。
花粉が辛いなら、花を直接見に行かなくとも 写真で良いのでは、とご主人にアドバイスす ると、
「あなたは花粉症じゃないから、いいよね。」と苦笑いしながら言われた。
私はアンドロイドで、花粉症になれないから、ご主人の気持ちが分からないのだろうか。花粉症になれば、毎年同じことを言って、毎年くしゃみをしながらも、花を見に来るようになるのだろうか。
□■□■□■□■
今年の春は1人で野原に来た。
「私が死んだあと、春になったら、僕のお墓に花をお供えしてね。」
ご主人のこの遺言を守るべく、花を摘みに来 たのだ。
ご主人は生前、カラフルだから春が好きだと仰っていたな。
そう思い出して、できるだけ色々な種類の花を探して摘んだ。まだカラフルさが足りない気がして、桜の花びらを拾い、お墓にぱらぱらとふりかけた。
それでもやはり、ご主人と見た、あの野原の景色にはかなわないようだ。
ふとご主人との散歩を思い出す。毎年繰り返されていたあのやり取りは、もう行われることはないのか。
そう考えながら歩いていると、目がじんわりと熱くなってきた。
そして気がつくと眼から液体がこぼれていた。
――そうか、これが花粉症か。
やっと、ご主人に近づけた気がした。
きっと私は、来年も、再来年も、同じように花を摘みに来て、同じようなことを考えるのだろう。
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