(4)死ぬまで食べられれば本望です

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(4)死ぬまで食べられれば本望です

 プリンスの手作り弁当を食べるようになってから、早くも10日あまりが経とうとしていた。毎日、毎日、色とりどりの美味しい弁当を頬張れるしあわせにひた酔いながら、日々を過ごしている。毎日、お昼の時間が楽しみで仕方ないし、ないより、こんな形でプリンスとお近づきになれるなんて、あたしはなんてラッキーガールなんだろう。  食欲多き女子に生まれたことに、育ててくれたことに心より感謝する。神様、仏様、お父さん、お母さん、御先祖様、本当にありがとう。 「鳩山さん、ごめん。今日のお昼休みは生徒会の集まりがあるから、さきに食べてもらっていていいかな?」  プリンスがあたし専用のピンク色のランチボックスを手渡して言った。 「後で行くから」とバイバイと手を振るプリンスに小さく手を振り返す。  彼のお手製弁当を胸に抱えて、あたしは体育器具室の裏へと向かったのだけど―― 「あ……れ?」  五人ばかり、女生徒たちがいて、あたしは足を止めた。  彼女らは仁王立ちになって、あたしのことを睨みつけている。  いやな予感にきびすを返そうとしたとき「ちょっと」と声を掛けられた。  おそるおそる振り返ると、ひとりの女生徒が近寄ってきて「あんたさ」と言った。 「自分の立場わかって白鳥くんに近づいてんの?」  やっぱりなあと思った。この人たちはプリンスの親衛隊だ。中でも一番奥にいるリーダーっぽい女子が親衛隊長だと思う。たしかひとつ上の三年生で、学校の美女コンにも出ていた気がする。 「あんたのこと調べたけど、毎日、白鳥くんにお弁当作らせてんでしょ? いったい、何様のつもり?」 「いやあ……」  作らせてるのがそもそも誤解で……と説明したところで、絶対に信じてはくれまい。女の嫉妬というのは怖いものだとわかってるだけに、ここで火に油を注ぐことは避けたい。 「そのお弁当、寄こしなさいよ」 「いやです」 「は? あんた、親衛隊に逆らおうって言うの?」 「逆らうもなにも……これは白鳥君があたしに食べてって作ってくれたもので。やっぱり本人の承諾なしにはあげられないっていうか……」 「なっ!」  女子たちの顔がみるみる悪鬼のように変わっていく。後ろで控えていた他の親衛隊までがやってきて、ぐるりとあたしを取り囲んだ。そのうちのひとりが、あたしが抱えているランチボックスをむんずと掴んだ。そしてそのまま思いっきり引っ張った。 「ちょっ! なにするの!」  あたしは必死に抵抗した。横から、前から、何本もの腕が伸びてきて、あたしのランチボックスを引き離さんとする。お腹の中に隠すみたいに身を屈めて抵抗すればするほど、相手も躍起になって引っ張ってくる。  しぶとく抵抗を続けるあたしにがまんの限界がやってきたとばかりに、背後から誰かがあたしの髪を引っ張った。あまりの痛さにあたしは悲鳴をあげ、必死に庇っていた腕の力が抜ける。拍子にするっとランチボックスが腕から離れた。 「あっ!」  いらただしげに事の成り行きを見守っていた親衛隊長が声を上げた。  女子たちの手を離れ、虚空に舞うランチボックス。  半円を描いたランチボックスが地面へと落下していく。  その背後に立つ人物に、誰もが釘付けになったときだった。  ガシャッ……  鈍い音が響いて、ランチボックスが地面にたたきつけられた。  そのランチボックスをゆっくりと拾い上げる美貌の男子学生。  彼が再び顔を上げたとき、あたしは喉の奥でひゅうっと空気が切れる音を聞いた。  心臓が凍った。  静かに怒るプリンスが、あたしたちをまっすぐ睨んでいた。 「これはどういうことなの?」 「あの……これはあたしが」 「鳩山さんに聞いているんじゃない。あなたに聞いてるんです!」  プリンスはまっすぐに親衛隊長を睨みつけて言い放った。  親衛隊長は「ち、ちがうのよ、白鳥君」と言った。 「彼女にちょっとお弁当を見せてもらおうと思っていただけで……」 「そうですか」と言うと、プリンスは拾った弁当を持って、彼女の前に歩み寄ると「どうぞ」と言って蓋をあけた。  中身はぐしゃぐしゃになっていた。本来はすごく整然と、麗しい見た目で並んでいたに違いない。ああ、もったいない。本当にもったいない。 「満足で?」  冷たい声だった。親衛隊長は「ご、ごめんなさい」と急いで謝ると、親衛隊を連れてこそこそと逃げていった。 「ケガはなかった、鳩山さん?」 「うん。大丈夫。でも、ごめん。お弁当、守れなかった。こんなことになるくらいなら、あの人たちに食べさせてあげたらよかったのかな?」 そう言うと「まったく、呆れた」と彼はフッと表情を崩した。 「なんできみって、そんなに優しいの? だいたい、一緒に食べたって、彼女たちには味もなにもわからないよ。ただ、ぼくが作ったってだけで、本当にぼくが作ったものか、お惣菜を買って詰めたのか、それもわからないと思うよ」 言いながら、プリンスは自分用の青いランチボックスをあたしに差し出した。 「こっち、食べて」 「いや、そっちがいい」 あたしはくずれたランチボックスを指さした。 「でも、見た目が悪いよ」 「白鳥君の作ったものに変わりないでしょ?」 「そうだけど……」 「じゃあ、そっちで」  あたしが譲らないと知った彼はしぶしぶ崩れたランチボックスを差し出した。  あらためて二人で並んでお弁当をつまむ。  今日の献立はコロッケと、まめサラダ。大根とにんじんの皮のペペロンチーノ。  どれもあたしの大好物だ。  中でもコロッケはダイエットで控えていただけにものすごくうれしい!  一番はじめにコロッケを選んだ。  ひとくち食べた途端、あたしは「んんっ!」と口の中で声を上げていた。 ねっとりとした感触のいも。それに甘辛い味がする。いもの合間にある繊維質のもの。これは…… 「ひじきが入ってる!?」 しかも、じゃがいもではない。里芋のコロッケだ。 「じゃがいもじゃなくて里芋なんだね!」 「うん。じゃがいもよりも低カロリーな里芋にしたんだよ。で、ミネラルたっぷりのひじきをアクセントにしてみたんだ。でも、それだけだとタンパク質がとれないから、鶏のひき肉も一緒に似て、コロッケにしたんだよ。コロッケなら、表面だけ揚げればいいから、脂質も抑えられるかなって。もちろん、パン粉もかなり細かくしたんだけどね」 「おいしい! これ、今まで食べたコロッケの中でいっちばんおいしいっっっ!」  ほっぺたが落ちるとはまさにこのことだ。  それにダイエットのことをすごく思って作られている。それだけではなくて、お肌のこととか、あたしの悩みをすべて網羅してくれている。  これまでのおかずもそうだったけど、今回は特にその細やかな配慮が嬉しい。  そう思えるのは、やっぱり大好物だからこそ……なのかもしれない。 「もっと、ちゃんとカッコいいまんまの姿のコロッケで食べてもらいたかったんだけどなあ」  プリンスががっかりしたように肩を落とした。  あたしは思いっきりコロッケを頬張りながら「それなら」と言った。 「これ、揚げたてで食べたいよ。なんなら、ずっと食べ続けたい。ダイエットが叶ったら、もう食べられなくなるかと思うと、それがすごく寂しいもん」  あたしはじいっとお弁当を見た。そうなのだ。これは期間限定の行事なのだ。あたしが痩せたらそれで終わり。もう二度と、この美味しいおかずたちとは会えなくなる。 「鳩山さん」 「なあに?」 「ぼくの作ったもの、ずっと食べたい?」 「うん。ずっと食べたい」 「一生?」 「死ぬまで食べられれば本望ですな」 「それって、好きってこと?」 「うん。大好きってこと」  あむあむあむ。  あたしは弁当を食べながら、そう答えた。答えたあと、ハッとなった。    あたし、今、なにを言った?  いや、そもそも、なにを聞かれた?  あたしはゆっくりとプリンスを見た。  真顔のプリンスがあたしをじっと見つめていた。 「あ……いや、その……」 「好きだよ、ぼくも。鳩山さんのこと」 「は? え? ええっ!?」  なに、なに、なに!?  これってなんの罰ゲーム?  夢?   「ずっとね。気になってたし、きっかけが欲しかったんだ。ごはんを食べている姿が本当にかわいくて。ぼくは自分の手で、この顔をしてもらいたいって。そう思ったから料理の勉強を始めたんだ」 「あわわわわ……」  唐突に始まった告白タイムに、あたしの心と頭がぜんぜん追いつかない。  光栄だけど!  願ったり叶ったりだけど!    頭、まっしろです! 「ダイエットが叶ったら、ぼくの言うこと聞いてほしいって言ったよね?」 もう声に出せなくて、こくこくこくこくと頭を振った。 「ぼくの作ったもの、ぼくの隣でずっと食べてくれる?」 「よ……よろこんで……」 「それじゃあ、これもあげる。はい、あーんして」 「ちょっと……それは……心の準備というものが……」 「うん。わかった。それは今後の楽しみにするね」 「う……ん」  こうして、あたしは彼のお弁当を食べ続ける権利を得たのであるが、数か月経ってもダイエットは成功できないまま、ただ、彼の作るヘルシーで美味しいごはんをしあわせに頬張る毎日を送っている。 【END】
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