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(2)一緒にお昼を食べませんか?
恥辱にまみれた四時限目がやっと終わって、さっと教室から立ち去ろうとしたときだった。
「鳩山さん!」
りんと張りのある声が響いて、あたしは思わず、ビクッと肩をふるわせた。振り返らなくても声の主はもちろんわかっているけれど、それでも現実なのかと確認してみたらば、やはり、そこにおわすのはプリンスだった。
彼は片手にランチバック、片手に水筒を持っていた。あきらかに今からランチをしようというところなのだろう。にもかかわらず、あたしを呼び止めたのはなぜだろう?
彼はにっこりとこちらに微笑み「あのね」と言った。
「よかったら、ぼくと一緒にお昼を食べませんか?」
「は?」
これはなんの罰ゲームなのでしょう。
彼はいま、なんとおっしゃったのでしょう。
「唐突だったよね。ごめん。誰かと約束しちゃってたかな?」
あたしは思いっきり首を左右に振った。そもそも、いつもお昼はぼっちです。
「そっか。よかった」
はあ……と彼はすごく大きなため息を吐いてみせた。
なんだか心なし、顔が赤い気がするけれど、それはきっと勘違いをしたかもしれないことを恥ずかしがってのことなんだろう。
なんて純朴!
なんて紳士!
しかし、困ったことになった。
プリンスからランチのお誘いをいただけたのはすこぶるうれしいのだが、なにせ、今のあたしは絶賛ダイエット中で、お昼ご飯は持ってきていない。弁当もないのに、一緒にランチとは……どうにかしたくても無理ではないか!
いや、それなら今から購買に走って、パンのひとつやふたつやみっつくらい買ってくるべきか!
でも、それだとプリンスを待たせてしまうことになる!
うわあああ。
どうすればいい!
どうしたらいいの、いったい!
「えっと……鳩山さんはお昼、持ってきてないよね? それなのにごめん」
あたしがひとりでもごもごしていたのを見かねたプリンスが、本当に申し訳なさそうに顔を曇らせながら謝った。
「あの! こっちこそ、ごめんなさい! ちょっと……わけあって……」
「ご飯食べられないくらい体調が悪いとか?」
「いやあ……」
「じゃあ、お母さんが作ってくれなくなったとか?」
「そういうわけじゃあ……」
「か……彼氏に止められてるとか?」
「ぜんぜん! ぜんぜんちがうから!」
理由がどんどんアレな感じになってしまっていくのに耐えられなくなってきた。
プリンスの顔がどんどん曇っていくのも見ていられない。
「ダイエット……」
ぼそぼそと、口の中で答えると、プリンスは「え?」と一歩あたしに近づいて耳を傾けてきた。
さらさらの髪の毛から、なんか知らないけど、すごくいい匂いがした。
なんのシャンプー使ったら、こんな女子みたいな匂いがしてくるのだろう!
それに肌!
きめ細かすぎ!
にきびないし、毛穴開いてないし!
それに比べて、あたしはなによ!
髪はくせっ毛だし、毛穴は開いてるし、なんならおでこにできたてにきびをふたつ抱えてるし!
ひいええええ!
やめて!
それ以上、近づかれたら爆死する!
「あの……」
言いかけたとき、地獄からうなり声が響いた。
ぐううきゅるるるるるるううううう!
「あ……」
プリンスが困ったように笑った。眉間にしわがよったそのお顔までも美しいよ、本当にね。
「ごはん、食べよっか?」
「は……い」
またしても、違う意味であたしは爆死した。
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