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(3)ダイエット、してるんです
人の目を避け、体育器具室の裏に並んで座りながら、あたしはプリンスから、彼の手作り弁当をお恵み頂くことになった。
赤々とした可愛らしいたこさんウィンナー。
均整のとれた黄金色の卵焼き。
ほっくりと身の厚いぶりの照り焼き。
ふたりで半分ずつだから、プリンスはきっと足りないに違いない--のに、彼は惜しむことなく、あたしにお米以外のおかずをすべて分け与えた。
「ふああ……本当においしいなあ」
思わず漏れてしまう感動の言葉に、プリンスはうふふと笑って「ありがとう」と言った。
「鳩山さんって、すごく幸せそうに食べてくれるから、見ているぼくもしあわせな気持ちになるよ」
「だってお世辞なく、本当に美味しいんだもん」
どれもが本当に美味で、食べてしまうことがことのほか、もったいなく思えて仕方なかった。これをフリーズドライにできないものか。そうしたら、瓶に詰めて、一生愛でつづけるのに……たとえカビが生えようとも。
しかし、それだとせっかくのおいしさが堪能できない。
なんて悩ましい!
これを毎日食べられたなら、ダイエットなんて即やめて、死ぬまで食べ続けるのに!
「あのね、さっきの話なんだけど」
そう言って、プリンスは箸を置いて、あたしを見た。
「鳩山さんはここ2週間くらい、ずっとお昼食べてなかったよね? どうしても食べちゃダメな理由があるってことなの?」
プリンスがじいっとあたしの目を見つめて質問した。
少し灰色がかった瞳があたしだけを見ている。
うわあ、なんて贅沢なシチュエーション!
これだけで三杯はごはん食べられる!
だけど食べたら痩せられない!
「ダイエット……してるの、あたし」
「ダイエット? なんで?」
「えっと……その……それは……ほらっ! 憧れっていうか! こう、ボンってなって、キュッってなって、ボンってなってる女子になりたいなって」
「だからダイエット? それだけ?」
「それだけって……」
「誰か、痩せている鳩山さんがいいって言ったの?」
「ああ……いや……それは……」
一気に顔の表面温度が上昇して、あたしの口は言葉を紡げなくなった。
誰に言われたわけじゃない。
ただ、今のあたしじゃプリンスの隣に立つには不釣り合いだって……そう思っただけで。
ああ、あなたのために痩せたいんですって言えちゃったらいいのに!
「なんなんだ、それ。ひどすぎる」
プリンスは心底憤慨しているかのように、むむっと眉間にしわを寄せて吐き捨てた。
「いやあ……それは誤解で……」
「なにが誤解なの!」
すごい剣幕で言われてしまったあたし。
なんと言っていいのやら。
「いい? 鳩山さんはね、太っていようが痩せていようが鳩山さんなんだよ! そのまんまを愛せないような男に、きみはもったいない! ぼくなら絶対にそんなこと言わないし、言わせない!」
「あ……ありが……とう」
すごい圧力のある顔で、そう迫って言われて、それしか返せなくなった。
「で、鳩山さんは本当に痩せたいの?」
さらに圧力が増して、目がギラギラして見えた。あたしは首をすくめた。
「じゃあ、食べよう!」
「え?」
「食べて痩せられたらいいわけでしょ?」
「そりゃあ、食べて痩せられたら……」
そんなしあわせなことありませんけども。食べたら太るから、食べるのをやめているわけで。
「明日から、ぼくがきみのダイエット弁当を作る!」
「は?」
「きみが安心して食べられるものを作ってくるから、絶対に無理はしないこと! そのかわり」
プリンスが一旦言葉を切り、ふうっと大きく息を吐いた。
じいっとあたしの目を見つめ、意を決したように言い切った。
「きみが目標の体重になった暁には、ぼくの言うことをひとつ聞くこと! いい?」
「は……い」
かくして、あたしは大好きな人の手作り弁当を食べることになったのであった。
神様、あたし、もしかしてもうすぐ死んじゃうのかな?
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