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(1)お腹が空きました
ぐうきゅるるる……と、うなり声が上がった瞬間、その音を押さえ込むようにきゅうっと強く両腕で自分のお腹を締め上げた。
鳴くな、吠えるな、がまんだ、がまん!
昼休みまであと一時間を切ったところで、いよいよ耐え切れなくなったわたしの胃が、なんか食いもんよこしやがれとストライキを起こしているのはわかっていても、どうしても食べられない理由あるんだ、あたしには!
飯、飯と、ぎゃーぎゃーわめき立てるお腹を押さえつつ、あたしはちらりと横へと視線を走らせた。
盗み見た先には整った男子の涼やかな横顔がある。目元でぱっつんに切りそろえられた前髪。形のいい頭の輪郭に沿ったボブスタイルの、一見すると女子かと見まがいかねない美貌の男子があたしの席の隣に座っている。
彼の名は白鳥旺士。名前が名前だけにプリンス・スワンと呼ばれているのだが、そのあだ名にも負けず、頭脳明晰、運動神経抜群、品行方正。おまけに料理が得意で、いつも食べている弁当もお手製というのだから、まさに死角なしの完璧な王子様なのである。
学校中の女子のハートを掴まずにはいられない彼に、例に漏れず恋心を抱くあたしとしては、どうにかこうにか彼の目にとまりたいという一心から、ぽっちゃり体型をスリムなダイナマイトボディにマイナーチェンジさせるため、一日一食ダイエットを決行中なわけなんだけど……
ぐうううきゅるるるる……
押さえ込んだのが逆効果だったのか。あたしの腕をほどかんばかりにお腹が一際大きな声を上げた。さらに締め付けようとしたとき、あたしの耳に届いた声に、我が耳を疑わずにはいられなかった。
「よかったら、これ……」
心配そうな顔であたしを見るプリンスが、赤い包み紙を差し出していた。
なんたること!
なんたること!
穴があったら入りたい!
入って蓋して二度と出ていけないように、蓋に釘打ちたい!
だけど、プリンスからのお恵みは断れないし、なんなら超絶いただきたい!
「い……いただきます」
ぼそぼそと小声で答えながら、包み紙を受け取った。
包み紙を開き、それを口に含むと、なんとも甘い味が一気に口の中に広がった。
チョコだよ、チョコ!
せっかくダイエットしてるのに、チョコ食べちゃったよ!
ああああ、なにやってんの、あたし!
机に突っ伏して、火のように熱くなった顔を隠して悶絶するあたしに向かって、教卓の上の教師は容赦ない恥辱の弾丸を浴びせた。
「こらっ、鳩山! 堂々と寝るんじゃない!」
ああ、無情。
耐えがたい神の仕打ちに耐えながら、あたしはプリンスから頂いたチョコの味を噛みしめた。
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