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 次の日、強烈な嫌味を浴びながらも夕方にバイトを終えて帰宅した。帰る途中で念のため頑丈なガムテープと太いゴムを買った。そして玄関を開けるなり部屋を横切り、ベランダに出た。  そこで良秀は小さく声を上げた。  ベランダの真ん中に大きな血溜まりができている。日暮れ間近の陽光の中、それは真紅を通り越してどす黒い光を放っていた。よく見ると、丸い血溜まりは尾を引くように伸びて収納ボックスまで続いている。 「いったい何なんだよ……」  血を踏まないようにボックスに近づいた。蓋は閉まっている。だが側面に目をやると、ロックするためのバックルが割れており、破片が下に散らばっている。  中から蓋を壊したのか?  最初は虫、次は鳩、そして今日はこの血溜まり。この血の量は鳥のレベルではない。犬? 猫?  良秀は口を押さえた。胃の中から酸っぱいものが込み上げてきた。すぐに捨てに行こう。いや、その前に蓋を固定しなくては。  買ってきたガムテープを取りに部屋へ戻ろうとした。  だけど――  良秀は立ち止まり拳を握った。この中には何がいるんだ。あの卵から何が生まれたというのだ。獲物は徐々に大きくなっている。そして収納ボックスを内側から壊すほどの力がある。  次第に膨らむ好奇心が、少しずつ恐怖を飲み込んでいった。  良秀は血溜まりを飛び越え部屋に戻ると玄関からスニーカーを持ってきた。ついでに玄関の鍵も開けておいた。これで何かあれば全力で逃げられる。  収納ボックスの前に立ち、ロックの壊れた蓋に手をかけた。腰を思いきり引いて出来るだけ距離をとった。そして大きく息を吸い込み、一気に蓋を跳ね上げた。蓋は隣との仕切り板に音を立ててぶつかると、勢い余って良秀の方に飛んできた。額に衝撃を受けた良秀は悲鳴を上げて尻もちをつき、でたらめに両腕を振り回した。しばらくそうしていたが、やがて力尽きると腕をだらりと下ろし肩で息をした。どうやら何事もなさそうだ。ビクつきながらボックスに近づき、中を覗き込んだ。そこで良秀はまた短い声をあげた。  生白いその体に体毛は一切なかった。体の表面は卵と同じように滑らかで少し光沢を帯びている。大きな頭部には、黒くて巨大な目が二つあった。収納ボックスの中で窮屈そうに膝を抱えたその生き物は、大きな目で良秀を見上げた。 「なに、これ」良秀は愕然として息をつまらせた。  生き物の口が薄く開き、赤い筋が走った。大きな口だった。まるで頭部の真ん中を真横に走る赤道のようだった。逃げようとしたが足がぴくりとも動かない。  こいつはなんだ。化け物か、エイリアンか。どっちにしたってもう終わりだ。許してくれと頼んだら助けてくれるだろうか。何も考えずに捨ててしまえばよかった。いや、そもそもなんでこんなものを持ち帰ってきたのだろう。やめればよかった。  恐怖と後悔が頭の中で混ざり合い渦を巻いた。虫や鳥の残骸、それに黒い血溜まり。それらと自分の姿が重なった。  その時、生き物の口から声が聞こえた。 「さむい」 「へ?」 「なかにいれて」  若い女の声だった。
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